2017年9月26日 (火)

Instagram始めてみた

前からやってみようと思っていたInstagramを始めた。
https://www.instagram.com/murakawa_michio/
異動前の角川の担当編集からは関係各所のOKが概ねとれていると聞いていたし、
今日が誕生日だったので、良い日かなと思って。

基本的な目論見は宇宙戦艦ヤマト2199、2202の応援で、
まぁ角川から僕の画集が出ることはないだろうし、
営利ではないし、
絵の全体を見せるのではなく、部分だけだし、
関係各位もあまりお怒りにはならないだろうととのことで。

イラストの部分とその執筆に関する注釈があるだけなので、
基本的に何かを主張したいわけではなく、
なので、コメント頂いてもあまり返事を返さない予定。

一週間に1枚くらい既存の絵を中心にアップしていくので、
このblogと並んで時折覗いていただければ嬉しい。

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2017年9月21日 (木)

自分の航路

不思議に忙しい。
相変わらず収入は乏しいのだが、忙しい。
まじめに貧しいのだが、自分はこれも不思議と慣れている。
それにわずかでも仕事があるので、そう儲けずとも、
一人こつこつと机に向かっているだけゆえ、出費もそうない。
そんな貧乏を心配して、
儲け話を持ちかけてくださる人もいるのだけど、
僕はそもそもお金儲けに興味がない。
「中国嫁日記」の井上純弌にも以前言ったけど、
僕が漫画や絵を描いている究極的な目的は、
友達が欲しいから。
こんな僕の絵とか言葉を理解してくれる人と巡り会えるように
そう思って描いているので、
つましく、雨風しのげる暮らしができれば、それが幸福。
描いた作品を見て人が喜んでくれるのが好き。
漫画を踏み台にしてお金とか所有とか、権威や名誉といった
井上君が求めるようなものを自分は欲してない。
もしそういうものが欲しかったら、
社長の時にもっと満たされていたはず。
でも自分と重ねられるものが何もなくて、人生で一番悲しい時間だった。
親しい友人なら知っていること。

ヤマト2199の連載も諸般の事情でしばらくお休みとなり、
身体を壊す結果になったような異常な忙しさからは解放されたけれど、
自分も若くはないし、
漫画を描く身体とリズムを維持していきたいと思う。
細かいお仕事で時間を使うばかりではなく、
自分はどこに行きたいかを見定めていかなければ。

夏からこっち、2202のモニター設定の作業を進めながら、
並行して、同作のノベライズの絵を描いていた。
第2章を試写会で見て、一番ショックだったのは
モニター表示が僕のデザインしたものとは
全然違うものに変わってしまって、
大げさで筋道の通らない形に多くがなってしまっていたこと。
あまりのことに、試写会では物語の内容が頭に入ってこなかったほど。
2202は前作と違って、細やかな考証が多くないので、
モニター設定の僕の段階で天文地理や物理化学、工業技術から組織管理まで調べ、
1つの表示に、それこそ漫画の何倍も手間と時間を費やして、
それをヤマトという作品の理解に立ってデザインをしているのに、
画面には派手なだけで意味も何もない表示が赤く点滅してる。
さすがに耐えられなくなって、
総監督には演出意図と合わないのなら、再デザインするから
せめて連絡を欲しいと告げてしまった。
大好きなヤマトへ公式に関わっているのに、自分の無力を感じる。

ノベライズの挿画もなんとか脱稿した。
皆川ゆかの文章は読んでいてとても楽しかった。
映像では汲み取れず淀んでいたものが、すっと道筋が出来て流れていく。
僕の描いた漫画のようなスタイルではなく、
堂々と2202の正道を歩む気概を感じる。
本として文芸の香りのある姿勢を感じたので、
カバー画も挿画も、昨今のラノベ風なタッチとは異なる考え方で臨んだ。
自分では頑張ってよいものに仕上げられたと思う。
大学時代からの友人の仕事に、今こうして助力できるのは嬉しい。
Fix
また、同時にこの挿画の仕事は、
スタッフとして関わりながらも抱いていた
2202という作品への自分の中の未消化な不満を
自覚とともに昇華する機会をいただけたように思う。
新しいヤマトの物語として楽しんでいるのに、
絵作りやデザインの端々に納得が出来てない。
2199のときも不満や問題を感じなかったわけではない。
前作も今作も僕は物語にはタッチする身分ではないから。
そうした気持ちに、出渕監督は、
不平や不満を口にするのではなく、
今、君は漫画を描いているのだから、
そういう手段を持つ人間は自分の筆で語ればいい。
好きなように描いていいから。
と笑顔で背中を押してくれた。
2202では今まで自分と相対化する手段を持ってなかったんだなと気づいた。
なんだかんだと自分の中でヤマトの存在はとても大きい。Novel01_00
もうすぐ第3章の試写会、そして来月の公開が控えている。
公開時にはノベライズも発売になるはず、
手にとっていただけたら、挿画を寄せている身としてはありがたい。

ヤマトの仕事の合間に
ディスクユニオンのフリーペーパー「レコードがある暮らし」からの依頼で
2頁ほど、アナログレコードとの出会いの寄稿をした。
拙作「虚数霊」のアナログ盤とオーディオを題材にしたエピソードを
担当者さんが読まれたことが依頼の発端らしい。
あのエピソードは幻冬舎版の連載時にはイメージはできていたけれど掲載できず
MF社のフラッパー誌での連載で実現できたもので、
自分でも好きなお話の一つ。
もうコミックスは在庫がなく、電子版なら読めるのかな。
「虚数霊」は未完のままなので、何かの形で続きを描きたい。
そう、虚数霊はさておき、寄稿はこのフリーペーパーのVol.3に掲載予定。
http://diskunion.net/recordlife/

ヤマト2199のコミック再開までの間、自分は何をするのか。
まずは続きの10巻のシナリオを早ければ10月には全部書いてしまうこと。
そして、どこかで漫画の仕事が出来るように、
いくつかの出版社とコンタクトを持っているところ。
前述のフラッパー誌からもお声がかかっている。
さあ、自分はどうしたい。
自分の航路は自分で決める。
それが自由業。

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2017年8月11日 (金)

夏来る。

仕事がやっとひと段落。
忙しくて先月は日記更新ができなかった。
やや遅れてしまったが、昨夜2202第12話のモニター設定を納品した。
第1話からここまで枚数にしてA4で60枚。
1枚に複数のモニターの設定を描いているから、
メーター数にして100以上は納めた感じだろう。
考えてみるとキャラ設定とかより圧倒的に多い点数だよね。
でも記録集とかまったく載らない。
そういう影の仕事。
イラストも沢山描いた。もっぱらコミケの寄稿の依頼に応えたもので、
なんだかとにかく沢山描いた。
ただそういう絵はお金を頂戴するものではないので、
ずーっと忙しくしていても、
7月から8月の今日までの収入は1万円。(6月は5万円)
社長をしているときに、経営不振の責任をとって、
手取り7万の収入で5年ほど暮らしたけれど、そのときより貧しい。
その5年間で貧しさにはすっかり慣れているので、
それほどの悲壮感はない。
ただ、こんなに忙しくているのに、どうしてここまで低収入なのかということは感じる。
経営していた会社を畳む決意をする前、父の代からお世話になっている会計士の先生に、
「貴方は社長をやっていてはいけない」と諭された。
それは僕が根本的にあまりお金に興味がないこと。
お金を稼ぐことに熱がないこと。
社長に必要なその執着と資質に欠けているので、
自分も親族も社員も不幸になるだけだと言われた。
僕は働くことは好きだ。
特に志を持った人の力になれるボランタリィなことが大好きで、
気がつくと、お金を頂戴する仕事よりも
無償の絵の依頼を山のように受けてしまって優先してる状態。
僕は、働くことと金銭収入を得るということを結び付けていく才に
欠けているのかもしれない。
ヤマトの連載は休載を余儀なくされ、
いただいたノベライズの仕事を進めていく予定であるけれど、
本の出版は10月だから、
年末まではこのまま、まとまった収入はなさそうだ。
まだ先であろう連載再開まで命をつないでいく努力をしていかないとと思う。
他の漫画を描く仕込みもしていこう。

今日から夏コミだ。
友人宅でコミケットカタログを久々に眺める機会があった。
色んな魅力的な絵が並んでいて、
今の流行の表情とか目ぢからとかデッサンバランスの中に、
こういう絵が描けたらなぁっていう欲求の高まりを感じる。
逆に巧くて個性的でも古かったりどこまでもニッチな絵があって、
豊かさと残酷さの総覧だなと思えてきた。
趣味や嗜好の豊かさを許されることは、何よりも素晴らしい。
でも同時に「商業絵描きとして、自分はどうありたいんだ?」と問いかけてくる。
「漫画の内容が面白ければ売れるはず」で止まってしまったら、
「じゃあなんで人気ないの?」っていう問題に切り込めない。
漫画は絵だ。
自分の絵に魅力が薄いのなら、そこに向き合わないといけない。
僕の尊敬する先達はそこへ果敢に挑戦してる人が多い。逃げてない。
固定読者はある意味で残酷で、
好きになってくれたから作家に寄り添ってくれ、
「面白いです」「絵が好きです」と認めてくれるけれど、
それがニッチな嗜好であるならば、
作家はその狭い市場に安心と安寧を見出し、錯覚して甘え、
自ら墓穴を掘ることにもなりかねない。
だから編集者が要るとも言えるのだけど、
それでもなかなか気づき、自分を変えていける人は少ない。
だからこそコミケとか漫画のイベントは、
描き手が自分を相対化したり、自分に足りないものを見極める機会として、
意義深いなと思う。
僕が二次創作同人誌の寄稿依頼を請け負うのは、
自分の普段描く絵とは違う理念の絵に、触れて描く機会を得られることと、
そうした沢山の絵が集まる即売会っていう場へ
自分を結び付けていく糸になるからだったりするから。
ただ、参加して面白い同人誌じゃないと気持ちが萎えちゃうので、
そういうドキドキも大切。
惰性で作っていたり、編集に意思や意図が薄弱な同人誌は、
もうこれからは距離をおこうと思う。

夏コミではあちこちに原稿を寄せた。
でも、あんまり描いたので
自分でも収拾がつかなくなっているかも。

12日は
小林治さんのFactoryきゃの(東ハ-53a)に
「超人ロックの世紀 50th Birthday book」にカラー画を寄せた。
聖先生が描かれるロックのイラストとは敢えて別の構成で組んでみた。
50周年って凄い。
僕は聖漫画に初めて触れたのは作画グループの「ダリウスの風」で、
しかも近所の人からいただいた週刊少女コミックの古本でだった。
(近所に本屋のない寒村だったので)

よしぞうおねえさまの伊太利堂(東ム-26b)では
斎木さんの御本「BT-42突撃砲写真集」の巻末にイラストを。
珍しく自分から何かお手伝いさせて下さいと無理を申し出て、拙作を掲載していただいた。
Finnish__2

うみうし一家・プロジェクトPSstory(東O-23b)へ
古代守と石津副長のイラストを1枚。
脱稿後に冗談で作った絵を「ノベルティに使いたい!」という要請で、
すでに破棄してしまっていた(一発ギャグだし)データをいちから作り直すという
手間を踏んだものが並んでいるはず。
Umiushi_kemofriend_2

KIYOさんのKIYOCLUB(東O-23a)にはなんだか沢山寄稿したw
まずはけもフレ本。イラスト2枚になぜか結果的に表紙デザインまで…。
そしてヤマト本。

Kiyo_h1_2
久々のお題というだけでなく、2202のみならずヤマト2や さらばも扱うので、
新作+過去絵加筆版=7枚も寄せてしまった。
それにエディトリアルや、素材撮影のお手伝いまで。
内容の構成をその際に拝見したけれど、攻めまくってる。
なんだかドエライ本になるぞこれは!
表紙も凄いが、ページをめくったとたん、波動砲級のショックで脳髄がしびれる。
これがファンジン、これが同人誌だ。好きこそものの狂気なれ。
うみうしさんのキーマン絵で蝉がでかいのも、実に攻めている。
執筆時に指摘したけど、縮小しない豪気。さすがは遠州灘のビッグママ。
これと同じ勢いが本全体に恐ろしい勢いを与えている。
全68Pが攻めてる。
この本は買った人が楽しめるだけでなく、
描いた人も参加させてもらったことに興奮を感じるはず。
さすがKIYOさんは同人レジェンドだぜ!

13日は
野上武志さんのFirstspear(東Z-16b)ではモノクロイラストを1枚。
同人誌で長らく連載展開してきた「蒼海の世紀」がいよいよ完結。
僕自身も長くお付き合いさせていただいたので、記念に1枚。
本当は本編のお手伝いもしたかったのに、
こちらの仕事があっぷあっぷで叶わず。ごめんなさい。

あとは自分のところ。(東こ-41b)
委託をお受けしているKIYOさんの新刊が2冊もあって、
本人がガンガンに売る気だから、
普段のマイナーサークルじゃなくて、
KIYOCLUBのダミーサークルみたいに見えるだろうな。
僕のところにも新刊があるのが申し訳なくなってくるというか、
みんな委託の本が目当てだろうし、
分相応に隅っこで小さくしていようって思っている。
Twitterとか人様の目に触れる媒体を有している方々が
「お品書き」と称して人通りのある所に看板を掲げられている。
それを見かけると、
自分の夏コミ初売りの新刊の宣伝はあまりしないようにしようと思う。
というかTwitterとかやっていないから、
そもそも宣伝力なんてものがないか!
見栄を張ってはいけないね。はははは。
自分はシャッター通りの更に奥の路地で看板出さずに営業している、
ありふれたラーメンを出すだけの中華店みたいなものに感じる。
身の程を知るのもコミケなのです。
Ks_ad

あとは、けもフレ本でコウテイを描いたり、
日本晴の幼女戦記本の表紙をやったり(中身はやってない)
ガルパンのクラーラの絵を描いたけど、
どこにどう並ぶのか、なんかよくわからん。

ともあれ、僕は自分のスペースに小さくなっていると思うので、
KIYOさんの本を買いにお立ち寄りいただいた際に、
ああ、あれだなと一瞥いただければと思います。

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2017年6月21日 (水)

色々と公開

この週末の24日から、ヤマト2202の第2章が劇場公開となる。
自分もモニター設定で参加をしているけれど、
僕は紙で描いて提出のスタイルをとっているから、
最終的にCGへ置き換わったものは、自分のイメージとやや異なるものになってる。
デザイン的なチェックに僕が関与するプロセスがないから致し方ないのだけど、
編集のエディトリアルではありえないが、
アニメ制作はこういうものなのかな。
ともあれ、関係者試写会で観たときは、そういう「違い」が気になって、
内容が頭に入ってこなかったので、
どこかでちゃんと劇場に足を運びたい。
初日は席がとれなかったし、
理事を拝命しているマンションの管理組合の会合が朝9時から入ったので、
家で仕事をしていることになろうと思う。
ヤマトの劇場公開で初日に行かないのは珍しいことかも。

24日は僕のコミカライズの2199が久々に更新になる。
(おそらく、ComicNewtype) https://comic.webnewtype.com/
1月には脱稿していたものだけど、
それを10頁以上にわたり修正と描き直しをすることでようやく掲載許可が出た。
https://gyazo.com/1e60a728a69016c4ecce2b7b4e9346a5
コミックスにまとまるときは、元の内容に戻してもらう約束にはなっている。
そこについては角川が尽力をしてくれたし、
異動になってしまった元の担当編集の助言もあってのことで、
感謝をしている。
ただ最終的には単行本に収録されない絵を描くのは、少し悲しかった。
それでも手を抜かず、力強い絵になるよう心がけたので、
久々の更新を見ていただけたらと切に思う。
その更新の際に、頁の末尾に色々お知らせが公開になる。
ヤマト2202の仕事や、連載の事情などもそこで触れていく予定。
多くの人は映画の公開初日だし、
そちらに気持ちがいってしまっているだろうけれど、
影で頑張っているのだ。

夏のコミケットは受かって、サークルガイドも到着。
三日目の13日(日曜) 東7の こ-41b
新刊もできているし、あちこちに寄稿もする予定。Ks_ad
相変わらず サークル.msのwebカタログでは
お気に入りのリストから毎度登録抹消されるので、
むらかわは落選したなと思う方も多いと思うけれど、
影で頑張っているのだ。

イベントといえば、11日に新潟COMITIAに行ってきた。
サークル参加ではなく一般入場で。
こじんまりとした規模ながら、サークルも参加者も温度が高くて、
漫画を楽しむ意気を感じるものだった。
大都市圏への集約、ネット販売の拡大、客層の変化と人口減。
地方の漫画イベントの再生を考えていこうというテーマを抱えて、
それら課題や逆に地方ならではの魅力などを踏まえて、
考える時間を現地の方にいただく中で、
元企業経営者として意見を交わした。
企業活動、そしてイベント設営も連綿と繰り返し続ける中で、
昨日を踏襲し、押し流されるばかりになり、
「自分とは何なのか」「自分はどうありたいのか」を見失い、
目標に掲げる姿や心が見えないから、
動くための方向も標も、歩くための骨も芯もなく、
マインドとは異なる数値目標が、ありたい姿になりすましたりする。
誠実に向き合っていても押し流されることはある。
だからこそ、理想、理念を言葉にしようと話した。
その言葉があれば、
自分が向かうべき先が意識できる。
今の姿との違いや、己の活動の誤りを発見できる。
新しい企画を見出せ、連携させる意味が強さになる。
理想のための忍耐もできる。
それは企業に限らず一個人でも同じだと思う。

新潟のイベントなどで時折お会いする方がいる。
僕と僕の描いた漫画について一所懸命話そうと努めてくれる。
ヤマトという作品が大好きな人で、
ヤマトはこういうファンのものであり、支えられているんだなと思う。
3月のガタケットに参加した折も訪ねてくださり、
「ヤマトを応援するためにTwitterを始めました」と話していらした。
僕はアカウントを持っていないけれど、友人から聞こえる話では、
RTや何かの受け売りではなく、批判を目的とせず、
大好きなヤマトについて自分の思っていること考えていることを
自分の言葉で熱心に発信されているとのこと。
ヤマトのファンの中でも共感される人が増えてきているそうだ。
https://twitter.com/tomoneko_2199
それは素敵なことだ。

でもそれとは逆に、
誰かの発したヤマトの新しい情報を
人より先に吹聴して回ることで
ヤマトファンの中で自分を大きく見せようとし、
それで自己顕示欲を満たしているような動きをしている
ファンの人もいるとやはり友人から知らされる。
自分の言葉ではなく、言葉のリスクも追わず、
自ら相手に確認もせず、
周囲を出し抜くことで己を誇る先に、
その人はどんな自分になりたいのかな。
なりたい自分を言葉にしたとき、
その姿と自らの言動は本当に同じ方向を向いているのかな。
その姿は我欲にまみれた業界ゴロでいいのかな。

現実主義をもって重用する人には理想論を軽んじる人がいるけど、
軽んじる人ほど、道を失った汚い現実や己を自己弁護するばかり。
言い訳を語る人が魅力的に見えることはない。

このblog以外にSNSを始めてみようかなと思い始めてる。
Twitterではなく
Instagramで、これまでに公式や個人的に描いたヤマトのイラストを
フレーミングして公開したらどうかなと。
僕の描いたヤマトの絵はイラスト集とかにまとまることはないだろうし、
ならば2202のエールになればいいかもと思って。
影で応援を頑張るのだ。

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2017年5月 7日 (日)

日光行

数年ぶりになってしまったけれど、
日光市にある別宅へ家族に顔見せを兼ねて訪れた。
別宅といっても、そもそもが父方の祖父の出身地で、親類縁者も多く、
亡父がそこで第2工場を興したから、
週の半分は日光に滞在するゆえに用意した家だ。
GWを機会に母と妹の一家が集まるので、
僕は自由業で祝日休日は関係ないのだが、日程を合わせた。

さすがに大型連休で、北千住から日光へ向かう東武特急は満席。
数日前に切符を購入しておいてよかった。
以前は特急料金のかからない快速や鈍行を乗り継いで行ったのだが、
以前のダイヤ改正で本数が半分近く減り、また乗り継ぎもよろしくなくなっていたため、
今回は初めて特急を利用。
当日は宇都宮のアニメイベントが開催されていたらしく、
よしぞうおねえさまもガルパン関係のステージを観ていたらしい。
http://www.tochigi-tv-anime.com/festa/
何故か僕のサインが書かれているCV33も来場とのこと。
気付いていたらJRルートで宇都宮経由にしたのに…orz
東武の高架からは富士山とさいたまスタジアムと、さいたま新都心が見える。
あの高層ビル群は僕の実家周辺から見ると、
機械化人の住むメトロポリスに見える。
埼玉の殺伐とした光景は格差社会のむごたらしさを象徴するかのようだ。

P1000884

SLの運行が近々始まるという下今市駅で下車。
http://www.tobu.co.jp/sl/
久しぶりの駅前は駅舎もレトロ調に建て替えられ、
道路の拡張などで商店がなくなり、妙なこざっぱり感。
以前は地方の駅前の雑多な感じがあったのに。
そこから徒歩で、2年ほど前に開業したという「ニコニコ本陣」へ。
http://www.nikko-honjin.jp/
ニコニコ動画とは関係ない道の駅。
販売スペースを眺めたが、あまり欲しい物が無いのでスルー。
併設で地元出身の演歌作曲家・船村徹記念館が出来ていた。
先般亡くなられたが、この人は僕の伯父の疎開時代の友人だった。
同い年で学校で出会い、一緒に野山を駆け回って遊んだ中で、
戦後というか数十年後に銀座のクラブで再会したというw
ちなみに、美空ひばりの父親もこのエリアの出身で、うちの遠縁にあたる。
でも、自分は演歌は好まないのでスルー。
通りの向かいにある造り酒屋で純米吟醸酒を買って、家へ徒歩で向かう。
http://www.watanabesahei.co.jp/

家族との昼食ののち、ふらりと散歩へ。
ソメイヨシノは終わってしまっていたけれど、スギ花粉もお仕舞いだし、
周囲はすっかり若葉が芽吹き、明るい緑色になって、散歩は実に快適。
河岸を1時間ほど歩く。

2017050414140000

家は水田に隣接しているので、夜はカエルの大合唱。
大音量なのだけど、耳障りがよい。
ネットも通じないしTV放送も映らない家なので、
(ネットは回線契約して無い、TVは地デジ非対応)
夜風とカエルの声を楽しみながらゆっくりと夕食をとり、11時半には就寝する。
早く寝ると早く起きる。
5時半には起きて、畦を散歩する。
不思議なのは夜半にあれほどの音量だったのに、
朝の田はカエルが静まっていること。
舗装されていない畦道を踏みしめる心地よさは格別だ。
土と草が織り成す弾力と、複雑な起伏。多様で大きな曲線。
アスファルトで舗装された道にはない、歩いている実感がある。
下草に隠れた足元の起伏が、一歩一歩の足運びを考えさせ、
そして普段は刺激しない筋肉に力を求めてくる。
水面に映る青空が美しい。
風に揺れる細い苗の姿が愛おしい。
ヨモギなどの草の匂いも、鳴き始めのウグイスの声も良い。
用水路を流れる水音のリズムの楽しさ。
ひんやりした空気がアロハの袖を抜ける心地よさ。
早朝の1時間ほどだけれど、久々にまともな田の畦道を堪能した。
さいたま市の実家の周囲も農村だけれど、
区画整理や舗装化、あげくは減反に乗じた耕作放棄で、
このような畦は消滅した。
心無い農家は農地の姿もおのずとみすぼらしくする。

家に戻り、朝食を済ませたら
中禅寺湖畔にある旧イタリア大使館別荘を見学に義弟の運転するクルマで行ってみる。
8時前だというのにGWゆえか、道路はすでに結構混んでいる。
東照宮前のT字路は渋滞のメッカ。
そこを越えて、いろは坂を昇って、目的地に近い無料駐車場に停める。
開館は9時でそれより30分以上前に着いたので、
湖畔を散策しながら時間を待つ。
ヒメマス狙いの釣り人の姿が多い。
中禅寺湖は標高がさらに上がるので、
(僕の家が標高500m位だが、それより更に700m高い)
風景も空気もまだ冬の名残を見せている。
妹は風が冷たいと襟を立てたが、
僕はアロハで心地よい。

2017050508450000
建物は外国人の設計によるものらしいけれど、
旧い日本家屋の間取りにも似て、
以前に行った森鴎外の旧宅の間取りにも通じる。
外壁は杉の皮を用いつつ市松模様に。
屋内の天井はそれを網代に編んで、茶道の数奇屋建築のよう。2017050509030000
そして縁側のようなテラスからは、
中禅寺湖の水面と男体山に連なる峰々が一望できる。
南を背にして眺めるから、日差しを気にしない最高の避暑別荘だ。
(建物の南も木々の葉が自然のカーテンになる)2017050509050000
この建物は当時の再現を主眼に置いているが、
近隣の旧イギリス大使館別荘は内装を改めて
外国人避暑地としての資料館の装いになっている。
http://www.nikko-nsm.co.jp/building/italia

帰宅時に「日光だいや川公園」の地元産品の直売所へ寄る。
そこで、甘酒ジェラートなど食べつつ食材を物色して、
ワサビの葉や かき菜を買う。
帰宅して昼食と短い昼寝ののちに、また1時間ほど散歩。
昨日や朝とはまた異なる方向へ進む。
散歩には地図など持たないし、僕はガラケーでGPSもないが、
フラリと出かけて知らない道をひたすらに進み、
同じ道をたどらずに勘で帰ってくる。
山並みの形と太陽があれば、方向は自ずと判るものだ。
ちなみに買ったワサビの葉はサラダに。
かき菜はベーコンと炒めて、残り物のウイスキーでフランベして香りをつけた。
そういえば母親に僕が料理を作ったのは初めてだったw
亡父は、男子が厨房に立つのは沽券に関わる重大な恥だと主張する人だったので、
そういう勘違いも甚だしい御仁のいる時にはできなかったのよね。

日光では今までになかったくらい家族と話した。
亡父は善良で真面目なれど、
己より劣っていると認定した長男の僕を恥じて、
嘆き蔑み、叱咤し続けた(激励はない)ゆえ、
子供の頃から僕にとってはとんでもないストレス源であり、
圧力と理不尽を子供に体現する存在だった。
まぁそんなだから、僕は家族や恋人であっても
自分の中の何か大切な部分を預けるような依存や甘えの感覚を持たないし、
家庭に居場所を見つけられなかったりするのだろう。
それはこの度を越した圧力源が招いた僕の心の欠陥でもある。
ただ、もし仲良し親子・友達親子だったら、
引っ込み思案の僕は自立もできなかったし、
ストレス耐性も弱く、外のストレスの逃げ場を家に求めて、
依存心を助長し、外へ向かう心を養えなかったろう。
そんな結論に行き着いた。
父親が生きてる頃の母親は、
険悪な僕と父の間を苦慮しつつも結局は父に従属していて、
父親と同じように好きじゃなかったが、
寡婦になってからの母は本来の自分らしさや人間としての魅力が表に出てきて
好きになったとか、本人にはっきり言ってしまったり。
「女に学問は要らない」と妹の進学希望を否定し、
口論のあげく妹を殴ろうとした父を僕が羽交い絞めにして制したら、
逆切れした父に僕がとばっちりで殴られたっていう家庭内最大の事件の一つを、
当の妹がまったく覚えていないということが判明したり。
妹は父と似た気風で、激昂しようがメンドクサイ事は
いちいちグダグダせず忘れてしまう人だとは思っていたが、
母と僕は唖然としたのちに大笑いした。これは今だから笑い話。

翌朝も散歩。
またそれまでと異なる方角へ向かう。
生まれてこれまで一度も通ったことない道を歩く。
家からたかだか4kmくらいのことだけど、
初めて見る世界がそこにある。
戻って、母と厨房に立って、また朝食の簡単な料理をする。
その日の午後には妹はクルマで僕は電車で日光を離れて自宅へ戻るので、
妹たちと昼に食べる野草摘みに出た。
日光はそこここに美しい小川が流れ出ていて、水音が絶えない。
そうした傍らでセリやフキを採る。
コンフリーや土筆もあったけど今回はなし。
ニラやタンポポは家の庭に自生してるのを摘む。
ヒバリの声を聴きながらの1時間で沢山集まった。

2017050613210000
以前、アシさんの一人に「野草を食べるのは気色悪い」みたいに言われた。
自分は土に近いところで育ったし、
ヨモギやノビル、フキノトウなど学校帰りに摘んで、家で食べるなど当たり前。
スーパーで売っている野菜だって、畑に植わっている姿がイメージできる。
路傍の野草も畑の野菜も違いを感じない。
先人からの豊かで尊い知恵で、季節を味わう楽しみと喜びを知っている。
都会人的な衛生観で、汚いモノ扱いでそうした人の心と営みは途切れてしまうのかな。
畦に残っていた蓮華の花を小さなグラスに生けて眺めながら思った。

そんな日光行だった。

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