2017年5月 7日 (日)

日光行

数年ぶりになってしまったけれど、
日光市にある別宅へ家族に顔見せを兼ねて訪れた。
別宅といっても、そもそもが父方の祖父の出身地で、親類縁者も多く、
亡父がそこで第2工場を興したから、
週の半分は日光に滞在するゆえに用意した家だ。
GWを機会に母と妹の一家が集まるので、
僕は自由業で祝日休日は関係ないのだが、日程を合わせた。

さすがに大型連休で、北千住から日光へ向かう東武特急は満席。
数日前に切符を購入しておいてよかった。
以前は特急料金のかからない快速や鈍行を乗り継いで行ったのだが、
以前のダイヤ改正で本数が半分近く減り、また乗り継ぎもよろしくなくなっていたため、
今回は初めて特急を利用。
当日は宇都宮のアニメイベントが開催されていたらしく、
よしぞうおねえさまもガルパン関係のステージを観ていたらしい。
http://www.tochigi-tv-anime.com/festa/
何故か僕のサインが書かれているCV33も来場とのこと。
気付いていたらJRルートで宇都宮経由にしたのに…orz
東武の高架からは富士山とさいたまスタジアムと、さいたま新都心が見える。
あの高層ビル群は僕の実家周辺から見ると、
機械化人の住むメトロポリスに見える。
埼玉の殺伐とした光景は格差社会のむごたらしさを象徴するかのようだ。

P1000884

SLの運行が近々始まるという下今市駅で下車。
http://www.tobu.co.jp/sl/
久しぶりの駅前は駅舎もレトロ調に建て替えられ、
道路の拡張などで商店がなくなり、妙なこざっぱり感。
以前は地方の駅前の雑多な感じがあったのに。
そこから徒歩で、2年ほど前に開業したという「ニコニコ本陣」へ。
http://www.nikko-honjin.jp/
ニコニコ動画とは関係ない道の駅。
販売スペースを眺めたが、あまり欲しい物が無いのでスルー。
併設で地元出身の演歌作曲家・船村徹記念館が出来ていた。
先般亡くなられたが、この人は僕の伯父の疎開時代の友人だった。
同い年で学校で出会い、一緒に野山を駆け回って遊んだ中で、
戦後というか数十年後に銀座のクラブで再会したというw
ちなみに、美空ひばりの父親もこのエリアの出身で、うちの遠縁にあたる。
でも、自分は演歌は好まないのでスルー。
通りの向かいにある造り酒屋で純米吟醸酒を買って、家へ徒歩で向かう。
http://www.watanabesahei.co.jp/

家族との昼食ののち、ふらりと散歩へ。
ソメイヨシノは終わってしまっていたけれど、スギ花粉もお仕舞いだし、
周囲はすっかり若葉が芽吹き、明るい緑色になって、散歩は実に快適。
河岸を1時間ほど歩く。

2017050414140000

家は水田に隣接しているので、夜はカエルの大合唱。
大音量なのだけど、耳障りがよい。
ネットも通じないしTV放送も映らない家なので、
(ネットは回線契約して無い、TVは地デジ非対応)
夜風とカエルの声を楽しみながらゆっくりと夕食をとり、11時半には就寝する。
早く寝ると早く起きる。
5時半には起きて、畦を散歩する。
不思議なのは夜半にあれほどの音量だったのに、
朝の田はカエルが静まっていること。
舗装されていない畦道を踏みしめる心地よさは格別だ。
土と草が織り成す弾力と、複雑な起伏。多様で大きな曲線。
アスファルトで舗装された道にはない、歩いている実感がある。
下草に隠れた足元の起伏が、一歩一歩の足運びを考えさせ、
そして普段は刺激しない筋肉に力を求めてくる。
水面に映る青空が美しい。
風に揺れる細い苗の姿が愛おしい。
ヨモギなどの草の匂いも、鳴き始めのウグイスの声も良い。
用水路を流れる水音のリズムの楽しさ。
ひんやりした空気がアロハの袖を抜ける心地よさ。
早朝の1時間ほどだけれど、久々にまともな田の畦道を堪能した。
さいたま市の実家の周囲も農村だけれど、
区画整理や舗装化、あげくは減反に乗じた耕作放棄で、
このような畦は消滅した。
心無い農家は農地の姿もおのずとみすぼらしくする。

家に戻り、朝食を済ませたら
中禅寺湖畔にある旧イタリア大使館別荘を見学に義弟の運転するクルマで行ってみる。
8時前だというのにGWゆえか、道路はすでに結構混んでいる。
東照宮前のT字路は渋滞のメッカ。
そこを越えて、いろは坂を昇って、目的地に近い無料駐車場に停める。
開館は9時でそれより30分以上前に着いたので、
湖畔を散策しながら時間を待つ。
ヒメマス狙いの釣り人の姿が多い。
中禅寺湖は標高がさらに上がるので、
(僕の家が標高500m位だが、それより更に700m高い)
風景も空気もまだ冬の名残を見せている。
妹は風が冷たいと襟を立てたが、
僕はアロハで心地よい。

2017050508450000
建物は外国人の設計によるものらしいけれど、
旧い日本家屋の間取りにも似て、
以前に行った森鴎外の旧宅の間取りにも通じる。
外壁は杉の皮を用いつつ市松模様に。
屋内の天井はそれを網代に編んで、茶道の数奇屋建築のよう。2017050509030000
そして縁側のようなテラスからは、
中禅寺湖の水面と男体山に連なる峰々が一望できる。
南を背にして眺めるから、日差しを気にしない最高の避暑別荘だ。
(建物の南も木々の葉が自然のカーテンになる)2017050509050000
この建物は当時の再現を主眼に置いているが、
近隣の旧イギリス大使館別荘は内装を改めて
外国人避暑地としての資料館の装いになっている。
http://www.nikko-nsm.co.jp/building/italia

帰宅時に「日光だいや川公園」の地元産品の直売所へ寄る。
そこで、甘酒ジェラートなど食べつつ食材を物色して、
ワサビの葉や かき菜を買う。
帰宅して昼食と短い昼寝ののちに、また1時間ほど散歩。
昨日や朝とはまた異なる方向へ進む。
散歩には地図など持たないし、僕はガラケーでGPSもないが、
フラリと出かけて知らない道をひたすらに進み、
同じ道をたどらずに勘で帰ってくる。
山並みの形と太陽があれば、方向は自ずと判るものだ。
ちなみに買ったワサビの葉はサラダに。
かき菜はベーコンと炒めて、残り物のウイスキーでフランベして香りをつけた。
そういえば母親に僕が料理を作ったのは初めてだったw
亡父は、男子が厨房に立つのは沽券に関わる重大な恥だと主張する人だったので、
そういう勘違いも甚だしい御仁のいる時にはできなかったのよね。

日光では今までになかったくらい家族と話した。
亡父は善良で真面目なれど、
己より劣っていると認定した長男の僕を恥じて、
嘆き蔑み、叱咤し続けた(激励はない)ゆえ、
子供の頃から僕にとってはとんでもないストレス源であり、
圧力と理不尽を子供に体現する存在だった。
まぁそんなだから、僕は家族や恋人であっても
自分の中の何か大切な部分を預けるような依存や甘えの感覚を持たないし、
家庭に居場所を見つけられなかったりするのだろう。
それはこの度を越した圧力源が招いた僕の心の欠陥でもある。
ただ、もし仲良し親子・友達親子だったら、
引っ込み思案の僕は自立もできなかったし、
ストレス耐性も弱く、外のストレスの逃げ場を家に求めて、
依存心を助長し、外へ向かう心を養えなかったろう。
そんな結論に行き着いた。
父親が生きてる頃の母親は、
険悪な僕と父の間を苦慮しつつも結局は父に従属していて、
父親と同じように好きじゃなかったが、
寡婦になってからの母は本来の自分らしさや人間としての魅力が表に出てきて
好きになったとか、本人にはっきり言ってしまったり。
「女に学問は要らない」と妹の進学希望を否定し、
口論のあげく妹を殴ろうとした父を僕が羽交い絞めにして制したら、
逆切れした父に僕がとばっちりで殴られたっていう家庭内最大の事件の一つを、
当の妹がまったく覚えていないということが判明したり。
妹は父と似た気風で、激昂しようがメンドクサイ事は
いちいちグダグダせず忘れてしまう人だとは思っていたが、
母と僕は唖然としたのちに大笑いした。これは今だから笑い話。

翌朝も散歩。
またそれまでと異なる方角へ向かう。
生まれてこれまで一度も通ったことない道を歩く。
家からたかだか4kmくらいのことだけど、
初めて見る世界がそこにある。
戻って、母と厨房に立って、また朝食の簡単な料理をする。
その日の午後には妹はクルマで僕は電車で日光を離れて自宅へ戻るので、
妹たちと昼に食べる野草摘みに出た。
日光はそこここに美しい小川が流れ出ていて、水音が絶えない。
そうした傍らでセリやフキを採る。
コンフリーや土筆もあったけど今回はなし。
ニラやタンポポは家の庭に自生してるのを摘む。
ヒバリの声を聴きながらの1時間で沢山集まった。

2017050613210000
以前、アシさんの一人に「野草を食べるのは気色悪い」みたいに言われた。
自分は土に近いところで育ったし、
ヨモギやノビル、フキノトウなど学校帰りに摘んで、家で食べるなど当たり前。
スーパーで売っている野菜だって、畑に植わっている姿がイメージできる。
路傍の野草も畑の野菜も違いを感じない。
先人からの豊かで尊い知恵で、季節を味わう楽しみと喜びを知っている。
都会人的な衛生観で、汚いモノ扱いでそうした人の心と営みは途切れてしまうのかな。
畦に残っていた蓮華の花を小さなグラスに生けて眺めながら思った。

そんな日光行だった。

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2017年5月 2日 (火)

まずはお礼から

しばらく日記の更新が滞ってしまいました。
漫画のほうの更新を留め置かれている事情もあって、
イラスト関係の仕事や2202のモニター設定などをしつつ過ごしています。
3月末に新潟で催されたガタケット150に、
あちこちで描いた原稿をかき集めた新刊で臨みました。
http://gataket.com/
わざわざお越しくださいました皆様、ありがとうございました。
一人でいることが多い生活ですので、色々な人とお話する機会を持てて
大変楽しかったです。
新潟はヤマトの原画展をやって以来、親しい人がたくさんできましたので、
これからもちょくちょく行きたいと思っています。
お魚とお酒も美味しいし。

4月は僕の漫画の連載について、
ネットで読者さんや同業の漫画家さんたちの話題になっていた様子。
自分はTwitterやFacebookなどのアカウントを持っていないので、
人伝えにどんな言葉が飛び交っているのかを知らされますゆえ、
遠まわしな言い回しになってしまってすみません。
また、連載のあり方について話し合いの最中に、
自分が表立って発言をしてしまうと、
物事がややこしくなり、交渉にも支障をきたすので、
角川からは発言を控えるようにと言われていました。
自分も話題の詳細を把握しないままで、的確なことは言えないし、
連載を大切に考えてくれている角川をはじめ、
読者の気持ちに応える意味でも、
直接言葉を発することをしませんでした。
ご心配をされた方も、逃げていると憤りをもたれた方もいらっしゃることでしょう。
自分にとっても4月は大切な時期だったのです。
角川書店は担当編集さんは異動になってしまいましたが、
ヤマトという作品の今後を見据えて、
変らず親身に対応をしてくれています。
仕事でお会いすることも多い羽原監督も福井晴敏さんも
漫画の連載へ理解と応援をして下さっているし、ありがたい限りです。
そして何より、連載を読んで楽しみにしてくださっている
読者の方々の声は大変励ましになりました。

僕の漫画や新作アニメ2202について、
どのような動きになっていくかは、大詰めの調整に入っていますので、
近いうちに公式な形で諸々の方向性を示せると思っています。
それまでお待ち下さい。

いくつか聞き及んだネットの話題の中で、
僕が出渕監督とケンカしているのでは?とか
コミックの販売部数が落ち込んでいるのでは?
ということが連載停滞の懸念材料として言われていたようですが、
それは全くの事実誤認ですから、御安心ください。
だって、その話題が聞こえた数日前にも
出渕さんと新宿で朝まで飲んでて、
漫画の内容とか絵についてあっけらかんと意見をいただき、
笑いながら「じゃあこうしましょう。ああしましょう」とやりとりしていたんですから。
だから同席されていたお仲間たちは、
ケンカしてるって話題がネットに上がった時に
そうとう可笑しかったことでしょう。
また、角川書店も巻数を重ねても販売部数が落ちない希有な作品として
漫画もその読者も大切に考えています。
だから、1年近くままならない状況でも、大切にしてくれています。
角川は漫画の掲載もしたいし、コミックスも出したがっているのです。
事実と異なる情報から心配を募らせて
コミックを応援する言葉や販促活動を興してくださった読者の方々には
本当に感謝をしています。
そしてその言葉や行動が、出版社の判断に勇気を与え、
連載を支える力になっていることは間違いありません。

重ねまして、ありがとうございます。

漫画は描かないでいると、描くという生活のリズムとか
絵の描き方まで抜けていってしまうものなので、
身体がなまってしまわない様、
とにかく怠けず絵を描いて、精進し続けてまいります。

ということで、少し前に描いた絵がプラモデルの箱絵になりました。
僕自身は不器用でプラモとか作れないのですが、
珍しいお仕事させていただいて恐縮です。
http://www.goodsmile.info/ja/product/6392/

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2017年3月14日 (火)

「どうなるのかな」だけではだめだ

日記の更新がしばらくあいてしまってスミマセン。

9巻の原稿はもう年初には脱稿している。

内容的にも今後の展開に向けたターニングポイントなのだけど
逆に色々な思惑が交錯する形になって掲載のタイミングを編集部と図っている。
心苦しいのは自分も編集部も同じなので、
協力はしてくれているけれど、
そうした力添えはいつまでいただけるかは、不安でもある。
コミカライズというプロジェクトとの中で、
組織間の交渉が主体になってしまって、
自分の言葉が出る機会は限られるけれど、
座して待つだけではなく、できることを努力していけたらいいなと思っている。

そんな中、時間と予算をなんとかやりくりして、
久々に同人誌の新刊をこしらえた。
それを携えて今月の26日に新潟市で開催される「ガタケット150」に参加する予定。
http://gataket.com/
新刊の誌名は「Kaleido scape」
Gatacket150ad
今回も友人のJAZZミュージシャンのユニット名を拝借。
内容は既発表作が殆どだけれど、
初めて公開する絵もあったりするし、
地方のオンリーイベントの本へ寄稿したものもあるから、多少の新味はあると思う。
コミケでもマイナーサークルだし、ガタケットではそう数は出ないであろうから、
残部は夏コミに持っていこうと思っているので、
遠方で新潟は無理という方は、夏に手にとっていただけたら幸いです。

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2017年1月 1日 (日)

2017年 新春の慶びを申し上げます。

あけましておめでとうございます。
17s

大晦日のコミケット91でお越し下さった皆様。
ありがとうございました。

久しぶりにお会いできる方も多く、 
楽しい時間を過ごすことが出来ました。 
また、新設になった東7ホールが人の波で大混乱だったゆえ、 
思うように御挨拶に伺えなかった方々におかれましては 
非礼をどうぞお赦し下さい。 
この数年はヤマトの連載に追われて、なかなかまとまった同人誌を作ることが叶わず、 
今回も在庫を持参するだけでしたが、 
今年はプライベートな時間を前よりは少しとれそうなので、 
亡くなったイワえもんとの「年1冊は同人誌を作ってコミケに出よう」という約束を 
また果たしていきたいです。 
売り子を手伝っていただいたKIYOさんと話している中で、 
(事実上、お店はKIYOCLUBに占領されていましたがw) 
誌面に参加してくれる描き手さんたちが 
いかにワクワクして、楽しんで、そして挑戦的に絵を描ける場を作るか、 
手にとってくれる読者が受取る 
驚きや懐かしさの中の新しさといったドキドキを 
いかに大切に考えているか語る彼の言葉に触れ、 
改めて同人誌というものと自分の立ち位置を考えさせられました。 
オリジナルの個人誌はさておき、 
もっぱら参加することの多い二次創作的なものは、 
営利を貪欲に追求するスタンスは好まないということ。 
僕にとっては友達を作っていく場であるからであって、 
同人誌で生計を立ててしまうようなまでの利益追求は 
そもそも目的や理念に該当しないからです。 
そして僕は元編集者であったこともあり、誌面企画における 
二番煎じ、二匹目のドジョウ、成功の合成、売れ線のルーチン化 
といったクリエィティブな志向とは程遠い心の甘えが大嫌い。 
編集者時代に年間企画を練る会議では 
読者や関係者に好評な連載企画は2年で打ち切ることを強く主張してきました。 
「ウケているのにその必要はない」と反対する人が殆どでしたが、 
そういう成功の踏襲が、 
結局は読者の心や伝えるべきもの、表現の自由さから乖離して、 
惰性と思考停止したルーチンに支配されやすいこと、 
また編集者が新しい企画を考えるという 
最も大切なことへのノウハウや精神性を養う機会を奪うからです。 
仮に新企画が振るわない結果でも、そこから反省し、失敗を活かして 
新しいものを生み出す糧になります。 
出版不況で組織としてはそうした冒険的な暴挙は好まれない時代でもあります。 
でも個人としてこのマインドは失ってはいけないし、 
ましてや同人誌であれば、なおさらその自由は自分にあります。 
そして二次創作で扱う作品や題材に、編集する立場として 
愛情は持っているか。興味を持って惹かれているか。 
誌面に参加する描き手にその魅力や楽しさを伝え、 
一緒に作っていく心と場を作っていけるか。 
それを本という形にすることに気持ちを注げているか、 
自ら手間をかけているか。 
そういう姿勢やマインドを欠いて創意も愛情も手間もかけないなら、 
原稿を寄せてはしてくれても周囲の心はやがて離れていってしまうでしょう。 
原稿料などが基本的に発生しない同人誌であるがゆえ、 
描き手が参加することで感じる喜び楽しみが大切だということは 
疑いのない現実だと思うのです。 
描き手であり、編集者でもあり、もちろん読者である僕は 
手に取った同人誌に、それを感じるかが、最終的にその本を好きになれるかの 
基準になっている。 
で、同人誌とかで自分が参加してて、 
編集のこととか気になって、 
本のタイトルまであれこれ言いたくなるけれど、 
基本的には相談されるまでは我慢。 
相談されるとヒントとかブレスト的な関わりはするけど、自主性を尊重。 
そして本が発行になると、あとからぶーぶー文句を言う。 
というそこがいけない!でもさぁでもねーだってねぇ。 
ということで、KIYOさんには 
新刊のタイトルが良くないとか、表紙の色やデザインが前回と大差ないとか 
色々あとから難癖つけておりましたです。 
あいすみません。 

コミケ会場からの帰途、 
KIYOさんと夏の次、来冬のテーマをどうしようという話題になって、 
そこでやっぱり、 
描く人も読む人も、驚いてワクワクして、意外性に挑戦し甲斐があって、 
それでいて笑っちゃうような 
そんな題材にしようとあれこれ考えたりしていました。 
そこで僕が提案したのはこんな企画。 
1. キャンディキャンディ 
 作者間のトラブルで和解になるはずもなく、封印された超有名作品。 
 アニメや原作に触れる機会は失われ世の中に既に知らない世代も多い中、 
 知っている人は懐かしく。知らない人は想像の「キャンディ」をイメージする! 
 題して「幻のキャンディを求めて」 
2. ロウきゅ〜ぶ 
 ハードなタッチを得意とするKIYOCLUB参加の描き手の方々が、 
 究極に苦手であろう、この萌え絵の頂点を目指す、過酷なトライアル! 
3. デレマス 
 懐古的なテーマが続く中で、もっとミーハーなものを追求することで、 
 オッサンの描き手を動揺させるべく、アイドル路線をひた走る! 
 KIYOさんがラブライブを渋るので、デレマスに。 
 なんでデレマスかというと、しぶリンが可愛いから! 
 仮題「デレマスdeデレます!」 
4. おねしょた 
 劇場版999で幼い心に刻まれた究極のおねしょたに感動したオッサン。 
 半ズボンの少年の無垢な肢体にときめいたオネエサン。 
 その感動を絵に閉じ込めたい! 
 KIYOさんに最も似あわなそうなネタ狙いで。 
5. 昭和ヌード 
 18禁ではない昭和を冠したヌードというテーマへの試行錯誤を描き手は深めつつ、 
 編集する方は最終的なパッケージでビニール封をするという、 
 ビニ本を知らない世代にその存在を訴えかけるKIYO的オヤジギャグの極地。 
 タイトルは「エロディストピア」 
と、30分くらいの ゆりかもめの中で考えてみたのですが、 
KIYOさんはどれも笑いながら逃げようとするのでありました。 
そしてそのまま、KIYOさん配下の方々とコミケ慰労会の宴席へと雪崩れ込み、 
日本酒をたらふくいただきながら、美味い料理に舌鼓を打つ頃に、 
これら5つを吹き飛ばすような物凄い企画が参加者から出て、僕は脱帽。 
宴席はそのテーマに盛り上がり、凄まじい熱気に包まれました。 
来冬のKIYOCLUBに乞うご期待! 

ということで年が改まりまして、 
特に正月らしい料理を作るわけでもなく、 
買い置きで簡単な食事をしたところです。 
元旦くらいは冷蔵庫の奥にしまってある 
小布施ワイナリーの日本酒「ソガペール エ フィス」でも封切しようかな 
と思っていたのですが、 
昨晩、しこたま飲んでしまって、お酒は今日はパスな感じゆえ、 
このあとは漫画は一休みで企業依頼のイラスト仕事を進めていきます。 
3日はひとりぼっちで正月を過ごすオッサンを集めて新年会を企画しました。 
名づけて「ドキィ!ぼっち男ばかりの胸キュン新年会!!17年は愛の戦士たち?」です。 
そこで日本酒をまた沢山飲むからいいもんね!
そんな感じで、また1年、お付き合いいただける友人に感謝しつつ
頑張ってまいります。
本年もどうぞよろしくお願いします。

1/17のヤマトーク第5週にお越しの方は、そこでお会いしましょう。

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2016年12月30日 (金)

年末の御挨拶

昼食を食べに寄ったインド料理店で流れてる民放TV。
今年の重大ニュース50を「放送時間数で算出」したランキング!
ってさもまっとうそうな数字を言うけど、
やっぱりゴシップが上位になることで、
自分の番組はどれだけ社会的に重要かよりも、
離婚や不倫や醜聞と犯罪ばかり扱ってきたかという
お里ががばれる見事なお馬鹿コーナーになってる。
報道とかジャーナリズムとかの名を使って公共の電波を用いた発信をする存在は、
どんなに小さな話題でも、自らの見識と哲学にしたがって、
社会の中の意味を問うスタンスを見失ったら、
単なる客ウケ狙いのゴシップちんどん屋だろ。
スポンサーが喜ぶように馬鹿話と珍妙な音でビラが配れればそれでよくなる。
事実と関係なしに自分で筋書きをこしらえる
最高の手抜きと無礼である
「感動レイプ」も横行するわけだ。
その中でSMAP解散にやはり触れて、
今日のクラウドファンドによる全面新聞広告を
ファンの心が彼らに伝わって喜んでいるだろうとか勝手にコメントしてる。
志しを受け取っても、何も出来なくなってしまった自分達を
悔やみ苦悩するとはまったく考えないんだな。
表現者がその大切な術を破壊された姿なのに。
そしていつか再結成をとか美談でまとめようとする。
それってメンバー達の心を無視したエゴだとは思わないのか。
呆れた。
スマスマは料理番組好きだから、バラエティが大嫌いな僕も結構観てた。
最終回はビデオ振り返りで新規収録の出演はなかった様子。
本人達の納得のいく形であれと願うけど、
マスコミは放送前でも有終の美を評価として吹聴するのは、誰の思惑なんだろうね。
どう観たって、バックのタレント事務所の
金と欲と保身に翻弄され引き裂かれた惨めで哀れな姿じゃないか。
事務所は猛省を示さなければならないはずなのに、
親心を口にして、責任を曖昧に誤魔化す汚らしさ。
あるいはそれも分からない老害なのか。
四半世紀も国民に愛された存在を、「大人の事情」で私物化し汚して傷つけ、
日本で最もみすぼらしい顛末を迎えた象徴としてさらした自覚をもって、
経営は全員退陣するのが道理ではないのか。
そこへ踏み込めないで、報道とか自称するのか。

昼食後に年始の食材を買出しにスーパーへ。
季節行事に用いる物以外の普通の食材も便乗か高騰してて買う気が起きない。
昨日一昨日まで100円以下だった青菜が今日は150円以上してる。
キャベツや白菜は数日前の安いときに買ってあるし、
正月らしい料理を食べたいわけでもないので、まぁいい。
仕事納めも済み、もう年末の休みのはずだが、
客層は高齢者ばかり。
よたよたと歩き、手にしたカゴへの配慮も忘れるから通路が塞がれ大渋滞。
レジでは小銭を出すのもおぼつかず、計算もろくにできない。
高齢化社会ってこれが普通になることなんだな。
僕は効率主義じゃないし、利益主義でもない。
でも普通にできることができなくなっていくことが常態化した社会は、
存在そのものが物凄く無価値で無意味なロスと無駄を抱えて動くことになる。
それは恐ろしいことなんだ。
レジの支払いで財布の小銭を数えてはやり直す老いた男と
それに連なる長蛇を見て寒気がするのは、
今が年の瀬だからばかりではない。

今年は、色々あって、原稿を描いても掲載できない事情になり、
長く交渉を続けるばかりの日々だったように思う。
角川はその中で、時折、頓珍漢なことはあっても
とても心強く支えてくれた。
深く感謝している。
まだまだ霧は晴れず、来年に課題は持ち越しになってしまったけれど、
漫画をちゃんと描いていける環境にしたいと切に願っている。
別にケンカをしているわけではない。
それぞれの思惑の違いをどう乗り越えていけるのか。
それがコミカライズという仕事の基本の一つでもあるのだから。

映画はあまり数を観られなかったけれど、
なんだかほぼ全部がアタリだった。
ガルパン劇場版に始まり、ユーフォニアム、シン・ゴジラ、
君の名は。、聲の形、この世界の片隅に、レミニセンティア。
実写が少ないなw
カラー10周年記念展は上京していた玉盛さんと観た。
そのまま一日連れ回してしまって、まるでデートだった。
(オッサン二人なのに)
桑島法子さんの宮沢賢治朗読会も行けた。
仕事が中断の間に、でも少しは人間的なことができた1年だったかもしれない。
アニメの設定もやってるし。

そして明日はコミケット91だ。
さっき、親しい編集者から電話がきて話していたら、
僕が3日目に出ているのを知らなかった。
今回もそうだけど、サークルmsのコミケwebカタログでは
僕のサークルは必ず「お気に入り」から削除される。
毎回だ。
だから登録したつもりの人は普通に
「ああ、落選してコミケに出てないんだな」と思うだろう。
それが見事に裏付けられた感じになる。
一応コミケ3日目に出る予定。
12月は漫画の執筆の合間に依頼された同人誌の寄稿をするのが精一杯で、
とうとうまた自分の本は作れなかった。残念。
それでも寄稿した「KIYO CLUB」さんの本を委託でお受けして
お店に並べることになっている。
他に寄稿したあびゅうきょ先生のガルパン本は東 j-35bで
ガルパン三世もまた参加したけど、3日目はどこも扱ってないのかな?
よく知らない。
Galupin2cover_rgb
で、自分はというと
東7ホール d-02a 「むらかわみちお党」
で待っておりますので、
お暇なときにお越しいただければ、年末の御挨拶もできるし嬉しいです。
それ以外の方は、どうぞ良いお年をお迎え下さい。
来年もよろしくお付き合い下さいますようお願いいたします。

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