2012年5月19日 (土)

ジャケットデザイン

連載作画真っ最中だけど、小休止を兼ねて日記を。
今年の正月、三が日にやっていた仕事のことを、ここに書こうと思う。

僕の高校の同級生の松井秋彦が
JAZZのコンポーザーであり演奏者であるのは触れたことがあるかもしれない。
http://www.graphic-art.com/cpj/
漫画同好会の部室の隣にあったフォークソング同好会からいつも聞こえてくる、
フォークソングとは似ても似つかない(笑)不可思議なギターのメロディを
奏でていたのが彼だった。
当時、JAZZ少年って呼ばれていた松井と知り合い、僕はJAZZに目覚めた。
当時の日本の歌謡界(当時はJ-POPなどという分化はしていない)は
アイドル歌謡が歪な急伸をして、
ありえもしないほど下手な歌手が人気を誇っていた。
その悪しき血脈は今も商業性の名の下に受け継がれているけれど
今のアイドルのほうが余程、歌は上手い。
人様の前に出て披露するレベルにおよそない音と声の洪水。
世界の音楽業界的に見ても正に異常とも狂気ともとれるその艦橋の苦痛に耐えかね、
クラスルームでそうしたアイドルの存在に否定的な発言をした僕は、
やはり当然というか、クラスの女子からは総すかん。男子からも疎まれた。
もっと多様で、豊かで、技術と理念の上にさらに自由さと楽しさをもった音楽があるはず。
その中で出会ったのが彼の音でありJAZZだった。
ロックは「生き方」だと言う。
僕はJAZZも「生き方」だと思っている。
この歳になるまで僕はそう生きてきたつもりだ。
定型化に警鐘を鳴らし、変化に常に向き合う心。
地道な積み上げの上にこそ成り立つ、即興性の価値と意義を尊び、
仕事とはその積み上げと即興性の延長にある
他人の能力や感受性とのセッションだと思ってきた。
当然、それとは考え方も波長も異なる人はいるわけで、
常に調和がとれたハーモニーを奏でられてきたわけではないけど。
僕はその生き方をしてきて、自分の中や外の色んなものを壊してきてしまったけれど、
それでも揺るがず今も大切にしている。
この「生き方」に結び付けてくれた彼は自分にとっては恩人なのだ。

松井は高校卒業後、渡米してバークリー音楽院大学に入学。
数年後、市の広報誌で、
卒業・帰国して音楽活動をしている彼の取材記事が載ったのを読み、
日本に帰ってきていることは知ったものの、
そのあとはどうしているのか消息を追いきれず、
都内で近隣にあるJAZZ関連のライブハウスなど出入りしたりして彼の活動を尋ねていたが、
ああいう店は演奏者の流れのようなものがあって、
そこに交わらないところには、JAZZ専門のライブハウスであっても、結局なにも情報がないのだ。
そうして10年以上、
彼との再会はネットの母校のコミュニティでだったのがまた不思議なものだ。

ここからやっと本題。
(ああ、ほんとに僕はTwitterには向かないね)
これまで彼のアルバムを購入してきて、
どうにもデザイン的にアレレ?な部分がある作品を見かけるので尋ねたら、
時折は彼が自分でジャケットからインナーまでこしらえていると知った。
(もちろんデザイナーが入っているものもある)
「だったら、僕がデザインするよ!」
と以前に口約束をしていたのだけど、それが昨年末に現実になったのだ。
その頃は、「ヤマト2199」の設定作業とそのコミカライズの準備の真っ最中で、
実にきわどい状況だったのだけれど、
JAZZのジャケット、インナーデザインっていう昔からの僕の夢と
その恩人たる彼のアルバムなのだから、断わる理由はどこにもない。
かくして、正月元旦から作業をして約1週間。
(だから今年は年賀状を出せなかったのだけど、そうれはもう赦して)
それは完成した。
そこからJASRACのコードなど取得して、プレス屋さんに回って
そして事情はよくわからないけれど、
けっこう時間が経過した5月17日にそれは発売になった。
http://www.amazon.co.jp/dp/B007R16EL4
http://www.graphic-art.com/cpj/index.php?option=com_content&view=article&id=12&Itemid=12

Jacket3
デザインに使用した写真は彼が海外の演奏旅行などで撮り貯めたもの。
自身で選んできたものを素材として、僕が採用した。
ミックスダウン前の音源や、彼の考え方を聞いて、イメージを固めていった。
"Fjord Sound”というユニットレーベルが示すように、
氷河の削った土地とその抽象的なイメージを軸に置いているので、
僕は自分の好きな「ECMレーベル」の理性的で硬質なデザインを念頭にしてみた。
そもそもの素材写真がとても良かったので、
キレイな仕上がりになったと思う。
(ただテキスト量の多さは四苦八苦したけど)
1点残念なところがあるとしたらジャケットのタイトル文字。
印刷時のインクの沈みこみを考慮しきれず、また色校まで管理できる状況になかったので、
狙いが上手く繁栄されなかった。
ここに載せる画像は僕の元データからのもの。
タイトル文字が左右にプリズムのように光を放ってぼやける処理をしたのだけど、
印刷時にかなり潰れて判らなくなってしまった。
北欧の冷えた空気の中の光のイメージだったのに残念。
(松井ゴメン)
ジャケットの鏡面になった雪山は特に色合いを加工せず、原版のまま。
水面に反射したほうが陽光の赤が強まって見えるのは、面白い。
天地を変えたとたんに風景は印象を一変し、新しい表情を見せる。
色は撮影者の思惑のその先を見せてくる。
僕にとってはいかにもJAZZの魂だなぁっていう写真だ。
この写真、山の形が人の横顔に見えるのも面白い。徳間文庫のマークにどこか似ている。

インナーは、今回、歌モノなので
英語詩の対訳を併記する形になっている。
CD盤面の上にある模様はブータンの民族意匠。
こういう模様は決してPCのパターンの産物ばかりではない。

楽曲自体は人それぞれ好みもあるので
絶対買うべきとかは言えないけど、もし興味があればどうぞ。
彼の作品はwebを辿るとFACEBOOKやyoutubeで試聴することができるはず。
人が聞いていて安心するような所謂「定型の節回し」は存在しないから、
かなり聴き馴染みのない音楽だと思うw

ちなみに拙著「虚数霊」2巻の最初のエピソード「暗い日曜日」編は
彼に触発されて描いた一篇。
音楽的な指南も受けたけれど、
亡くなったバークリー卒業生の話は実話がベースで、
その死について、当時学校の雰囲気はどうだったかとか
そういうことも教えてもらった。

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2012年5月 4日 (金)

これまでとこれからの数日

脱稿後、ガタケットを覗くべく新潟に行き、一泊して帰宅した月曜日。
周囲は「コミック1」に色めき立つ中で、蚊帳の外の僕は
峠比呂タン、イタリア軍研究家の吉川さんと池袋でジンギスカン食べ放題。

峠タンはもうすぐ、モーレツ宇宙海賊じゃなくって
その原作「ミニスカ宇宙海賊」のコミカライズが始まるので、
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=26268328
その前に以前からの約束を果たす必要があったのと、
吉川さんのコレクションからその漫画化へのお力添えを願った
というわけで峠シフトな宴席。
今の「まおゆう」の連載と合わせると月産60頁近いのだから凄い。
峠タンの漫画は筋立てと台詞がいつも練ってあるので、
このミニスカの漫画も愉しみ。
あれこれひたすらにアニメと漫画の話題に終始した時間だったけど、
峠タンは話上手だし、視点がしっかりしてるから聴いていてとても楽しかった。

昨日は夕刻から映画ライターの野沢さんから焼肉に誘われていたので、
その待ち合わせの前に「バトルシップ」でも「ももへの手紙」でも「ジョンカーター」でもなく
「ストライクウィッチーズ劇場版」を観た!
今更だけど、面白かった。
芳佳の扱いは相変わらずプロセスがいい加減というか、
動機付けも根拠も理屈も、与えられる試練もテキトーで
残念賞以外のなにものでもないけれど、
服部静夏の存在感が物語の軸にとてもよく意味を与えていて、
全体の印象を整えるのに貢献していたと思う。
TVシリーズ二つを経てそれぞれのキャラクターの消化も素晴らしく、
501の面々が画面に登場するたびに、ああなるほどと膝を打つ感じ。
それにもうアクションの作画というかレイアウトが凄い。
よくもまぁ股間を画面に据えながらあのように美しいレイアウトと
シーンの展開ができるものだという
力と技と欲望が団結したようなシーンが続くのでビックリした。
戦艦大和の出番もかっこいい。
映画は面白かったけれど
自分は映画が登場人物の世代交代であって欲しかったなと思った。
芳佳なり坂本なりは次代のウィッチに席を譲り
それで新しい物語の到来を予感させるべきではなかったかな。
でないと人気のあるルーチンでマンネリを繰り返すことになるので。
劇場には僕の寄稿した応援画集は当然ながらなかった。
そもそも1冊と聞いていたのに、実際はそれを分冊して
劇場で2回配布で客を2度呼ぼうっていうかなりコスイ手になったのはアレレな印象だけれど、
僕の載った下巻だけでなく上巻もサンプルに欲しいなー。

映画のあとは焼肉!
他の面子は
今 サイボーグ009最終章・GOD'SWARをwebサンデーに連載中の早瀬マサトさん。
http://club.shogakukan.co.jp/magazine/SH_CSNDY/saibohguze_002/detail/
そしてスピリッツで「クピド」のシリーズを連載中の北崎 拓さん。
http://takukitazaki.blog109.fc2.com/
北崎さんは初めてお会いしたので凄く嬉しかった。
ヤンサンの連載はずっと読んでいたのだけど、
当時僕は社長をしていて今よりかなり貧乏だったためコミックスを買えなったので
不義理な読者ではあった。
北崎さんのキャラの性格造形や表情のつけかた、心理描写とか大好きなので
お話できてよかったー。
それぞれの作品について色々話したり情報交換できて
素敵な時間を過ごせた。

明日5日はCOMITIA100に出展。
場所は「や-04b」。
僕は冬コミに出した本を頒布する予定。
その他に委託を受けるのだけれど、机がいっぱいになりそうな予感…。
まずは売り子をお手伝いいただく水木由真さんの本。
http://blog.goo.ne.jp/jiqu-dou
そして昨日まで描いてた中国嫁日記同人誌第4弾!
(3弾でおしまいではなかったのです)
これはコミティアで初売り。

Cover1c

僕も表紙デザインと本文に4コマを4本寄稿。
今回もひどい漫画を描いてるけど、実話に基づくお話が殆ど。
希有馬っちの中国嫁日記は漫画として練りが弱いけど、もっと売れてほしいとは思う。
でも僕は人気があるからと同じ企画をなんどもやるのは主義じゃないので、
主催の唐澤さんには苦言を言ったし、同人誌はこれで本当に打ち止めに願いたい。

Comic01b

さらにはDVD「ロボと少女(仮)」。
http://roboshoujo.com/
あちこちの上映会でひっぱりだこの本作。
初版プレスがもうほぼなくなりつつあるので、僕のところでは最後の頒布になりそう。
もし机に余裕がまだあれば、春日ひろさんの遺稿集もおきたいなと思っていたり。
今回のCOMITIAは100回記念で色々企画が目白押し。
ペーパーラリーに参加しようかどうかを検討中。

来週はヤマト関係で
ヤマトの海外サイトの取材を受ける予定。
http://www.starblazers.com/home.php
青山のヤマト関係の事務所で行うのだけど、
先日発行になったヤマトクルーの会報誌0号がいまだに家に届かないので
直接そこでもらおうかな。
一応イラストを寄稿したので、見本誌を送るからと連絡はあったものの全然こないので。
見開きA3なんて大きなイラストを漫画連載2回目の合間に描いたのだから
ちゃんと見本誌はいただかねば。(ヤマトファンとしてw)

さぁ今日はコミティアの準備をしたら、
連載の脚本の推敲を済ませてネームに入っていこう。
また今月も修羅場に向かって進むのだ。

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2012年4月18日 (水)

大友克洋GENGA展に行って見た。

野上組のアシ仲間の もっちーが今話題の「大友克洋GENGA展」に行くということを聞き付け
先日ご同道させていただいた。
http://www.otomo-gengaten.jp/
というかこの展示会、
LOWSONのチケットシステムを利用しての完全予約型の公開で
クレジットカードを持ってない僕はそもそもこうしたシステムには縁遠いのと、
LOWSON自体が荒川区には殆どないので、
自分にとってはもの凄く扱いづらいシステムになっちゃっていて、
観にいくことを諦めていた。
その矢先であったので、チケットまで一緒にお願いして、なんとか観覧にありつけた。
まったくもって、もっちーありがとう。
なので、自分の漫画連載の作業は一時中断して
おっとり刀で末広町の会場へ。

会場は元中学校の校舎を利用したギャラリースペースで、
その1階展示フロアをほぼ全て利用しての展示。
平日の初回入場ということもあって
(予約型のチケットなので、入場時間に指定がある)
そう混雑することもなく、午後の入場までの4時間はゆっくり納得できるまで眺められる。

もっちーと僕はなぜかいきなりエキサイトしてしまって
順路を辿ることも忘れて目に入った「AKIRA」の表紙のカラー原画に誘われるまま、
その全原稿の展示へ吸い寄せられる。
全6巻の生原稿 ン千枚がほぼ揃って飾られているのだから圧巻。
並びは各巻毎だけれど、一枚一枚の順番は微妙にシャッフルされている。
というか、全部並べるっていうイベント性が優先されて
全部見るには見づらい陳列なので、こちらは大変。
それでも生原稿の名場面やその筆致を追いかけて
ケースを覗き込んだり床を這ったりとエクスプローリング。
原画はやっぱりもの凄く勉強になる。
自分の原稿をストップしてもくる価値があった。大収穫。
っていうか凹みそうになるほどの圧倒的な原稿だった。
とにかく描写が細かくて、正確にして丁寧。
密度も尋常じゃない。
原稿のフィニッシュまでを見通した感覚が実に遠くまで届いている。
精密な制御で描かれたペン先と即興性に富んだ勢い筆致が相まっている。
手癖で描いてない。
そしてホワイトの修正が少なく汚れてない。
アナログ原稿と昨今は呼ばれる手描きとスクリーントーンの技法の集大成が
そこにはあった。

友人のところでアシストをしたりしながら、
僕の線や漫画は比較的細かく描写している方だと感じていた。
周囲からも細かいと言われることもあったからだけど、
僕の描写なんて「AKIRA」の原稿の半分以下の密度しかない。
印刷物になると、そのスケール感がいささか判らなくなるし
デジタルの時代はなおさらにその大きさの感覚が作業上、意味をなさないのだけど、
人がどの程度の面積にどれだけの線を描いているのか、
まさにその違いを今回見せ付けられた。
僕がヤマトで描いてる背景なんて子供の遊び程度だ。
もちろん画風も違うし、アシスタントを含めた作業体制も違う。
僕は可能なパフォーマンスで精一杯描いているから、
凹んだりはしないけれど、
でもこの高みを目に焼き付けた後は、自分の中での目標が変わる。
なおいっそう、自分に厳しくやっていこう。
また、トーン作業をデジタルに移行してから忘れていた
アナログとしての表現の多くに触れて、その意味を問い直した。
それが持つ効果や意味の計り知れない豊かさを。
だからといってトーンワークをスクリーントーンの切り貼り作業に戻す気はないけれど、
あの表現をデジタルでどう表現するか
色々と考えさせられた。
いくつかは実現イメージができたので、今の連載に活かして行きたいと思う。

この生原稿の展示は「AKIRA」を通読した人なら分ると思うけれど、
長い期間の連載で筆致が大きく変化していくのも追える。
自分的には3巻くらいまでの筆致に惹かれる。
それは連載後半の類型・ルーチン化した人物の処理や、
バンドデシネの影響なのか均一な筆圧の線で描写を統合していくスタイルより
丸ペンによる精密さや、Gペンの抑揚、筆による即興性を備えた前期に、
僕の目指すものと重なる部分が多いからだ。
それは何より、モチーフを捉えて描くという生々しい感覚に溢れているから。
以前に浦沢直樹の筆致が大嫌いだと触れたことがあった。
それは全部「手癖」で描いているから。
それが週刊漫画を描くパフォーマンスとして求められる一つの極致だと
評価する人もいるだろう。
でも僕はいやだ。
石を描いても、布を描いても、機械を描いても、
ネコを描いても、魚を描いても、人を描いても、
山を描いても、木々を描いても、水を描いても、
全部おんなじ筆致ってどういうこと?
ペンってもっと豊かな表現力を有しているはず。
それをちゃんと見て、感じて、身に受けて、それを描写する感動は
絵を描くことの大切な存在意義であり、存在証明だ。
浦沢直樹の線はそれが無い。
とくにこの近年、目も当てられない。
お話がどうとかではない、線、絵は魅力ゼロだ。
というか僕にはその姿勢から受けるデメリットを換算してマイナスだ。
あの人にとって描く行為は、物語のためのツールや手段でしかないと思える。
描くことに心ときめかせることをなくした、「心無い絵」だ。
だからああいう手癖でペンを走らせた線は自分では絶対描きたくない。
自分がああなったら筆を折りたい。
その視点で大友克洋の原画を見たとき、
「AKIRA」の3巻までは、このペンで事物を表現しようとする意識の高さと野心をもの凄く感じる。
だから惹かれる。
以降は「スタイル」で事物の存在感を表現する方向に傾斜していくけれど、
そこでも、手癖の部分より、絵で表現する感動を優先している。
ゆえに自分は惹かれずとも、
長い連載下でもその情熱を失わないのは凄いなと思う。

展示は面積的・物量的にこれがメインで、
あとはカラー画稿や「童夢」などの旧い作品の生原稿の一部。
カラー画稿は見ればその工程の組み立ても分るし、
その発想はデジタルの時代にも応用ができる部分もあるのだけど、
肉筆の筆と水と絵の具と紙ならではの表情の魅力は、
デジタルでの彩色になれた目にも、やはり心が動かされてしまう。
画稿の大きさや筆致など、その制御と即興性は
手で描いたことのある人間にはたまらないものがあるのだ。
70~80年代の短編作品は、学生紛争の残り香が臭いほどあって、
ああこれも時代の空気だなと思いもするけれど、
その空気をいささか知っている僕でも、やっぱり恥ずかしいくらい。
でもその臭いをまとった作劇や絵が
いまどのように変化成長していったのかが追えるのも楽しい。

もっちーと「ああだこうだ」と意見や感想を交わしながら見ていたら
あっという間に3時間が過ぎていた。
こういうときに同じ仕事をしている仲間と見るのは
一人よりも実りが多いなと思う。
それぞれの着眼や興味で作品を捉え、言葉にし、それを互いに反芻し、考えを照らしあう。
自分ひとりで見逃してしまうようなことも、
興味をもって向きあえる。
実に楽しかった。
順路を違えて「AKIRA」の生原から観て正解だったかもと思う。
正しい順路で観たらあそこまでしっかり見る気力がなくなっていたかも。
その意味ではあの展示は観覧者のそういう生理もけっこう無視して
かっこよく展示することを優先するつたなさを感じた。
例えばAKIRAの原稿だって
原稿の間の隙間を利用して上下で左右互い違いにずらして置けばもっと観やすいのに、
上下に重なるように整列させてる。
演出の未熟だと思う。
図録を買おうかなと物販へ向かったら長蛇の列で、
それをかわすべく、一旦施設から出て遅い昼食をとってから出直したら
20分くらいの待ちで、物販スペースには入れた。
Tシャツをはじめ、クリアフォルダなど種々のグッズが売っていたけれど、
デザインはかっこよくてもTシャツの生地は薄く、堅牢さに疑問がある上で4200円。
グッズはあってもどうせ使わないので、購入はしないことに。
図録は立派で装丁も凝っていた。
エディトリアルはけっこうライブ感に溢れた感じに仕上がっていて、
一種のコラージュ的なレイアウトが殆ど。
絵、一点一点をゆっくり見ようという趣旨ではない。
なのでやめた。
っていうかこの展示会はそんなにライブ感なんてないのに、
なんでこの図録だけこんなにトンがってるの?
そもそもライブ的な部分を担う金田バイクとか、童夢のチョーさん壁のスペースなんて
まったりしちゃって緊張感も疾走感もゼロ。
どっちらけスペースと化してるのに、図録だけ疾走感はないわ。
それにAmazonでも買えるから、あとでなんとでもなる。
なので先に発売されていた画集「KABA2」を買う。
こちらの方が、カラー画稿をトリミング少ないままじっくり眺められるし、
値段も図録と大差ない。
ちなみに展示会で買えば、かっこいい紙袋に入ってくる(ここ重要)。
そのオマケで満足して本日は解散となった。

で、作品を観ながら思ったのだけど、
僕は大友克洋の漫画もアニメも
面白いと思ったことが殆どなかったのだった。
凄い描写だなと思うのだけど、ちっとも心に響かない。
「スチームボーイ」と「這いよれ!ニャル子さん」とどっちが面白い?と問われれば
「ニャル子さん」だと答える。
「ニャル子さん」だよ。(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!
(大事なことなので2回言いました!)
「スチームボーイ」、丁寧で凄いと思うんだけど、何も心にひっかからない。
いや、比較してはいけないのかもしれないけど。
(スプリガンとは比較していいカモ)

でも、たくさんの原画に触れて受け取ったものは
自分が描くという行為の中で大切にしていきたいな。
強制OFFにしてしまったけれど、とても充実した時間を過ごせた。
行って良かった。

だけど自分の原稿がおそろしく粗末に見えてきた。ヤバイ!

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2012年4月 6日 (金)

瀕死でも石でもなく

なぜか食中毒になり、ヘロヘロになって過ごした。
以前にかかったときはチベットの小国・ブータンのロッジだったのだけれど
あのときほど「このままだと死ぬかも」って感じがなかったのは
あのときよりやや楽だったのと(歩けたし)、さすがに日本国内だったから。
早々に病院で診断を受けて、そのまま数日グロッキー。
まだ復調してはいないが、少しは起き上がれるようになったので、
なにかそろそろ食べられるものを調達してこようと思う。
(ゼリー飲料とスポーツドリンクだけではね)
この3日間で3kg痩せてしまった。
今月はGW進行で連載の〆切も早く、
早々にプロットは送ってOKはもらっていたのに、ダウンして脚本にかかれず、
編集部に相談したら
頁数を含め相談にのってくれそうでありがたい。
来月号でもしページ数が少ないとか
中途半端なところでお話が終わっていたら
それは読者の皆さんにはひたすらにゴメンナサイ。

まもなく発売の連載2回目では、まだヤマトは発進しない。
ボリューム的に1回分30数ページではたどり着けなかった。
しかも2回目用に書いた脚本も消化できずに
6頁分ほどは第3回に持ち越し。
(つまり40ページ分の脚本だったのね)
工程への自分の算段、スケジュールと仕事量の管理の甘さだと反省。
それでも2回目のラストシーンは
それなりにかっこよくは出来たかなと思う。
この辺りは編集部とのやりとりに助けられていることが多い。
「ヤマト2199」の冒頭のお話は
旧作と大きく変わるところは少なく、
ドラマ部分のみが細やかにかつ筋道を通された形になっているので、
筋書きを話してもネタバレ的な部分はまだ少ないから
この連載2回目のラストについて、勢い触れてしまおうと思う。

ヤマトファンの中で恐らく昔から話題になっていたと思うのだけれど、
ヤマトの発進前の2話、波動エンジンがまだ始動していない段階で
ガミラスの空爆を受けるシーンにある沖田艦長の台詞
エンジンの動かない我々は**の狸だ」というもの。
ここの音が不安定で**の部分がよく聴き取れず、
また記録集などの脚本にも記載されていないから、
なんと言っているのか、色々解釈を生んでいた。
庵野監督はその自作の中でオマージュ的にこれを引用されていて、
「トップをねらえ!」では「艤装のすんでいない戦艦など『石』の狸」、
「ナディア」では「瀕死の狸」と言っている。
でも自分はこの二つはどうも日本語的にというか
意味的にしっくりこない印象を持っていた。
僕は長くヤマトファンではあるのだけど、
基本的には寒村で育った為に同好の士がおらず、一人ファンだったので
もしかしたらとっくにヤマトファンの中では
この**への正解が導かれているのかもしれないことを覚悟したうえで、
今回、自分なりの解答を敢えて提示してみた。
それは「エンジンの動かない戦艦など『擬死(ぎし)』の狸だ」というもの。
つまり「死んだふり」をするしかないように追い込まれた状態。
これだと意味もわりと通るし
瀕死でも石でもなく、納谷さんの発声・口調の中で許容される一つだと思うのだけど。

Y02_34c
(この頁で次回第3回へつづく!)

コミカライズはアニメ本編とは少しずつ違う解釈やアプローチを試みている。
この台詞もアニメのシーンには登場しない。
はたして読者はどう思うのかな。
明日はいよいよ「宇宙戦艦ヤマト2199」の公開日で、きっと多くの人がご覧になるだろう。
(僕がアニメで何の設定のお手伝いをしていたかもEDクレジットで分るはず)
そうすれば僕の漫画との違いが露わになるだろうし、
また評価も印象も変わるだろうと思う。
コミカライズ版もアニメとあわせて楽しんで読んでもらえたらいいな。

第2回の掲載号は4月10日発売予定。

とこれだけ文章が書ければ、脚本も書けるな。
まだ何も食べられないけど、
仕事は進め始めよう。

追記:
この日記を記したあとに氷川竜介さんからご指摘いただき、
現場で使用した2話の修正入りAR台本には「瀕死のタヌキ」と明記してあるそうです。
生前の石黒さんにもいきさつを確認されたそうで、
とても興味深いお話を伝授いただきました。
西崎さんのご提案による台詞だったそうですが、
その意味については亡くなる前に聞きそびれていたそうです。
それにしても氷川さんは流石にファンとしての大先輩であります。
ご指導に感謝でいっぱいです。

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2012年4月 2日 (月)

言葉に触れる時間

先日、連載の第2話を脱稿した。
原稿を描いていると、他のことが手につかない。 

朝の8時には起きて、9時には机に向かい、 
そのまま午前3時過ぎまでは仕事をしている。 
休日も無く、それだけの生活になっちゃって、 
あれこれ思ったりしたこと考えたことも、なかなか文章にしたりできないのがもどかしい。 

ただまぁそんなお陰で、
ほとぼりも冷めたような時期にゆっくり話題にできることにも、
また意味があるかなというものについて 

少し触れてみようと思う。 

3月10日辺りだったか、 
数人の友人があるニュース記事について批判的に触れていた 
埼玉県教職員組合が主催する国際女性デーの集会で予定されていた講演 
「さいたさいたセシウムがさいた」の表題への非難と中止について。 
もうすでにニュース記事自体が色眼鏡っぽい偏重があるのもあってか 
ダメ出しな論調になってしまうのはいたしかたなしとは思うけれど、 
僕はこの表題を悪いものとは思えなかった。 
なんだか皆、短い言葉を性急に判断して、批判したりあげつらったり罵倒したりと 
どうしてそう乱暴なのかな。 
そんなになんで急ぐのだろう。 
元埼玉県民として、 
またキャッチやコピー、見出しを考える元編集者、表題をイメージする講演企画者として、 
そして今は漫画家として言葉を意識する中で、この「セシウムさいた」を読んでも 
まったく問題を感じない。 
Twitterなんかのように「つぶやき」と称して、 
どうでもいい内容や、会話レベルのいい加減さで撒き散らす言葉とは根本的に異なり、 
表題やキャッチ、コピーの類は 
日本の定型文詩歌の伝統の上にあるような、含みと解釈を要するものだと 
僕は考えているし、そのように扱ってきたつもりだ。 
タルコフスキーが日本の定型詩を絶賛したのも、 
その少ない言葉に込めた含蓄の多様性普遍性、音の流れ、 イメージの再現性、
そしてそれを解釈し共有する日本人の感受性の深さに感銘したからだ。 
「セシウムさいた」ってなんでこんな言葉になったんだろう? 
それをまず想像してみることを、このタイトルはこんなに促しているのに、 
いきなり「不謹慎」だとか「風評被害者を思え」とかが前面に出て思考停止って
それは心が痩せすぎだよ。 
どうして相手の真意をちゃんと見てあげようとする気持ちが働かないの? 
なんでそんな即決して「はい、次の馬鹿はどこだ」って勢いのなの? 
もう少しだけ、ちょっとでいいので想像力を働かせる時間を持ってはくれまいか。 
そうするともっと多く豊かで芳醇な人の想いに触れることが出来て 
自分の心も豊かになっていく。 
逆にそれをしないと、世の中も感受性も殺伐とした荒地になってしまう。 

件の記事について、自分でも少し調べてみた。 
まずこの批判の根になったのは 
自民党・片山さつき参議院議員のtwitterでの批判からと目される。 
主催者が日教組っていうこともあるんだろうけれど、 
残念な感受性の国会議員ってのは国民の代表者になって語って欲しくない。 
最近の議員は言葉狩りの尖兵であり、同時にその被害者でもある。 
でもそれはマスコミをはじめ、国民の言葉への意識が痩せているからだとも推して知るべし。 
僕は(大嫌いな)石原都知事が昨年3月の震災時に放った「天罰」の発言ですら 
その全体の文脈からみれば批判に当る部分は感じていない。 
人の驕りを意識せよというメッセージの意図が示したものは 
その後そのまま、国や自治体や原発や、人の意識に露わにされていたと思っている。 
この講演者であり表題をつけたアーサー=ビナードという人も 
外国人ギライな人には大喜びの撒き餌の一つだったみたいで、 
「だから外国人には」なんて揶揄になっていたけれど、 
日本語で書かれた詩作が何冊も出ている作家であり、 
よほどその辺の日本人よりは日本語について意識も考えもある人だ。 
(外国語で詩を書くということがどれだけ大変で、それが本になるって力量を想像してみて欲しい) 
それに何年も前から原子力発電について批判的で意見発信を続けている。 
つまり原発や放射能を忌み嫌い、発言を繰り返し、ガイガーカウンタ片手に生きている人たちは 
自分の味方の背中を撃ったんだ。 
自分達の言葉への短慮と無知で、有能で心優しく、長く地道に努力してきた味方を殺したんだ。 
もう最低最悪じゃないか。悲劇なんかじゃない、愚かで醜悪な事態だ。 
そして主催者の埼玉教組も講演者を守れず 
さっさと中止を打ち出したのも、組織として哲学がなさすぎ。 
右翼団体に攻撃の隙を与えてしまったからという判断もあろうけれど、 
教組はそんなの元からじゃないか。 
本当に演者とその趣旨が世の中のためと思うなら、貫き通すべきだった。 
日本の組織はどうしてこう、志をなくしているんだろう。 

記事では 
[本来なら花が咲き喜ばしい春の訪れを台無しにした原発事故の大変な状況を伝えたい」と提案した] 
とだけ演者の言葉を記しているが、 
実際の思いはビナード氏のblogに触れられている 
http://www.web-nihongo.com/column/haragonashi/index.html 
僕のこれまでの認識では、
埼玉県では「さいた」「サイタ」は音として県名と重ねて印象を作る際によく用いられる。 
そこに重ねるかのように氏は
サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」のあと、かつての国定教科書に続く 
「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」「ヒノマル ノ ハタ バンザイ バンザイ」 
の存在を意識させて 
国策としての原子力発電へと目を向かせようとしてる。 
これのどこが外国人ゆえの言葉の稚拙さなの?空気読めない奴なの? 
しっかりしてよ日本人。 

ほんのもう少しだけ言葉に触れる時間をもち、身に浸して思いめぐらせてみて欲しい。 
東京にも桜が咲いたことだし。

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