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2010年4月

2010年4月29日 (木)

近頃なにをしてるかというと

単行本作業を一時とめて、
月刊連載の作業に戻る。
単行本の仕事は、連載の仕事と並行できそうな段階まで仕上げてあるから、
5月後半には出来上がる予定。
ということで世の中はGWだというのに、
基本は普段と変わらず粛々と机に向かうことが殆どになりそう。
なので仕事の切れ目に日記で近況の報告など。

24日は川崎LA CITTADELLAで催された「天体戦士サンレッド」大会に行く。
深夜0時から朝5時までという夜通しのイベントなので、
その前に腹ごしらえというか前夜祭というか、
僕を誘ってくれた友人たちと溝の口で待ち合わせて、
作品にも登場する「二の鉄」でモツ焼きを食べる。
http://www.tamai-group.com/ninotetsu.htm
同じイベントに行くのであろう同好の士がそこここにいるのが判る。
通された二階で、安くて多くて美味しいという三拍子に舌鼓をうっていると、
背中側の団体さんから聞き覚えのある声が。
なんと、サンレッドのスタッフ&キャストの宴会でありました。
斧アツシさんを始めとした役者さん、監督さんや主題歌のMANZOさんまでズラリ。
なかでも一番驚いたのは
「ギョウ」役の人は、同席の友人や僕と顔見知りだったことが
今更ながら発覚。
(コミケなどで村田蓮爾ちゃんのブースにいたのね)
「シクヨロ~」と再会に握手などしたりして。
御一行はそのあと川崎へ向かい。
僕らはOPに出てくるショットバーへ河岸を換える。
そろそろ川崎へと思ったら
南武線は今日も黄色、イエローとばかりに人身でストップ。
タクシーで向かいましたわよ。
開場を30分早めたという劇場はすでに大賑わい。
Tシャツなども早々に売り切れ状態という盛況ぶり。
イベントも上映あり、スタッフ・キャストの登壇あり、歌のステージあり、
笑いと手拍子と熱狂に包まれての一夜。
閉会後にはスタッフ・キャストの皆様のハイタッチでの御見送りまで。
実に幸せな作品のイベントでありました。
「二の鉄」からご一緒した方ともすっかり打ち解けて、
また会いましょうということで川崎の朝は明けた。

ま、その他の日はもっぱら仕事をしているわけで、
いくつか僕の作品のお知らせ。

すでに4月15日に発売済みの
徳間ノベルズEdge「三千世界の星空4・ボクラノミライ」。
http://xurl.jp/ln9b
吉野匠さんの小説のカバーと挿画を担当した4冊目にして完結編。
吉野さんの作風って、時に容赦なくキャラを痛めつけるんだけど、
不思議に温度の低いながらも柔らかいシーンがあって、
それが遠浅の海のように居心地が良かったりする。
そんな幕引きに読者としては納得。
やっと挿画のコツが掴めてきたところだったので、自分としてはちょっと残念。
僕は挿画は作品ごとに合わせて構成や描法を変えるので
別の作品ではまた1から始めるのに近くなっちゃうのだけれど、
でも今回掴んだ方法論は今後も活かせそう。
さておき、自分の絵は作品に貢献できていたのかな。
それが一番気がかり。

4月30日にスタート予定、
YOMBANでの田辺青蛙女史の孤島ホラー小説なのかな?
「烏人島(あじんとう)」の扉絵を担当。
http://www.yomban.jp/
webは毎月更新で1年位の連載予定。
松田未来さんがこちらで連載漫画を掲載していたりと、
友人知人も大勢執筆しているので、ぜひご覧アレ。
特に編集部から指示はなかったけれど、
小説の作風から、漫画絵というより
いささかリアルよりのタッチで描いてみた。
お話の中身そのままの絵というより、
そこからのイメージで構成していこうと思っていて、
毎回どこかに自然物を配していく予定でいる。
(第2話に海亀を描いたら、亀好きの青蛙女史に喜ばれた)

4月29日のCOMIC☆1には参加しないけれど
友人の同人誌に寄稿をした。
アニメ「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」が今回のお題。
裏テーマは戦車だったんだけど、
気がついたら多脚戦車の資料がなかったのよね。
キャラばかりの絵を描いてしまった。とほほ。
今回は漫画のネタを考えてあったのだけど
力足らずでイラストに。
唇だけで吹ける起床ラッパに、リオ先輩はなぜシリンダーを使ったのか!
というテーマを
フィリシアさんの寝姿と共に掘り下げようと思っていたのだけど残念。
サークル名は「日本晴」。

5月4日のCOMITIA92では
サークル参加はしていないのだけれど、顔を出そうと思っている。
この先の仕事の関係もあって勉強というか刺激も受けたいので。
お馴染み野上武志さんの「蒼海の世紀」にはイラストを1枚寄稿。
日本酒の瓶をたくさん描いたけど、
考えてみると今まで一升瓶て描いたことなかったので勉強になった。
ブースは「ヘ52a」。
そして笹井一個さんのところで
「東京都青少年健全育成条例改正案」の本を出そうというので
8頁も寄稿してしまった。
先日、ヒアリングに伺った都議・吉田康一郎氏の話を中心に
僕の考えなどをまとめたもの。
これまでの日記で書いた文章なども用いながら、
条例の問題への周知パンフみたいなゆるいモノという企画趣旨に沿うように、
書いてみたつもりだったんだけど、結局、重くなっちゃった。
これが僕の作風だからと笹井さんに慰められたりして。(泣)
こちらのブースはO09b。

あとは仕事している予定。
GW中にちょっとくらいはお酒のみたいなぁ。

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2010年4月24日 (土)

僕らのために戦ってくれている人がいる

僕らとは漫画家に限らない。
漫画を好きでいてくれる人、楽しんでくれる人そうした人、みんなのこと。
ヒーローものの漫画みたいな題だけど、
実際は本当に衆目を浴びることなんてなく、
それでも信じることにひたむきに熱意を傾けている人がいるのだ。

昨夕は単行本作業の手を休めて、環望ちゃんたちと
吉田康一郎 都議会議員の事務所へお邪魔してきた。
http://k-yoshida.jp/
「東京都青少年健全育成条例」改正案について、その事情を聴くためだ。
僕らはどうにもすっかり出不精の耳年魔で、
あれこれネット上の噂や情報とおぼしきものに振りまわされて、
現場の本当の事情に直接アクセスすることが出来ないでいる。
反対の発信をする識者の発言が気に入らないと、
座敷の奥から顔も見せずに罵倒ばかりしてしまう。
本当に大切なものを守るために、僕らが動くべき矛先を間違えて
しかも、何をすればいいのか判らずにいる。
その虚しさに道筋をつけられないものか思い悩む中で、
今回の規制に反対の旗頭として活動していた吉田議員との
面談の機会を得て、中野まで出かけていった。

今回のこの異様な規制の動きとは
いったいどんな事情が絡んで動いているものなのか。
噂として流れているものの真相は何か。
議会はどんな動きをしているのか。
議員はどんな姿を描いているのか。
その中で僕らは何をするべきなのか

吉田都議は2期目の議員として若手をまとめながら奔走をして、
「継続審議」までこぎつけるに到ったその経緯を話しながら
目頭を押さえていた。
議員の言葉を聴きながら、
民主党という今や批判と失望の対象になりがちな場にありながら
その場を精一杯に使って
僕らと気持ちを同じくする「大切なもの」を守ろうとして戦ってくれている人が
ここにいるのだと感じた。
生臭い話も語ってくれた。
それだけ本気なのだ。
編集者時代に、地方議員の取材をする連載記事を担当していたけれど、
この愚直さが政治の基本なのだと
あのころの感覚が蘇る想いがした。

今、東京のみならず京都、大阪など
青少年健全育成の美名の下に規制の網をかけようという動きは
狡猾に蠢いている。
東京都議会の解答が全国の動向を左右するのは明らかだ。
まだ何も終わっていない。
いやこれからが正念場なのだ。
一時のほとぼりが冷めたなかでも、
不断の熱意と努力で戦ってくれている人を忘れてはいけない。
僕らはそれを胸に気持ちを形にしていかないといけない。
主戦場は議場だ。僕らの行動は議員へ意思を届けること。
反対を唱える議員だけではない。
規制賛成の立場の議員にも、罵倒や非難ではなく、
大切なものへの想いを伝えていかないといけないと改めて諭された。

今回の詳報は、多分まず
5/4有明で催されるCOMITIA92での笹井一個さんの新刊で記し(O09b ガソリン)、
それとほぼ同時期にその文面を少ししつらえ直して自分のblogでも発表できればと思う。
笹井さんの新刊はコピーを手製本するとのことで、
自分の仕事に押され気味の僕のスケジュールで
ありがたくもなんとか参加して実現するという感じ。
僕以外の方の視点でも
この問題について語られるであろうから、
COMITIAに出向かれる機会があれば、ぜひお手にとっていただければと願う。

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2010年4月 5日 (月)

テロとゴロ

今日は思い立って、ひたすら家事に勤しむ。 
洗濯したり、掃除したり、台所をキレイにしたり、 
溜まっていた新聞の切抜きをする。 
新聞は1月から溜まっていたので約3ヶ月、 
夕刊もあるからざっと160紙位はあるだろうか。 
午後3時から始めて0時までの9時間で2/3程度は終わった感じ。 
最近の新聞から遡って見ていくので、ちょっとしたタイムトラベル気分。 
切り抜いたのは文化欄の文学評とか書評が多かったかな。 
あとは科学の記事。 
科学の記事からの絡みでクロマグロの養殖が扱われ 
その企画の背景には、ワシントン条約での禁輸案があって 
さらにそこから調査捕鯨の話題が見えて 
シーシェパードの破廉恥で強欲な抗議活動の話に遡っていく。 
マグロにせよクジラにせよ、 
丁寧な科学的調査に基づく資源保護育成の観点から妥当性があれば 
別に規制は構わないと思っているのだけど、 
クジラは知性が高いからダメ、 
牛や羊は神様が人間が食べるために創ったから良いとかいう 
歪んだ思想からならお断り。 
牛馬だろうが野菜だろうが命は全部ある。 
動物である以上、食べるって行為は命を喰らうことなので、 
その命の重みを感じ、感謝して食べるしかない。 
あれはよくてこれはだめってのは偽善であり矛盾だ。 
こういう欺瞞に満ちた思想と行動には腐臭が伴うし、 
その臭いに惹かれてくるハエやネズミはいるものだ。 
シーシェパードなどはその最たる例で、 
抗議のためなら海洋生物に有害な絡酸を船に投擲するもいとわない姿勢で証明された様に 
派手な活動を公に示すことで、 
誤った環境保護思想に侵された富裕層から寄付という浄財をむさぼる 
NGOと見せかけた商売、ハエのような環境テロリストだ。 

そして日本にも同じようなネズミがいる。 
FM局・J-WAVEでその腐臭を感じる番組『Lohas TALK』を仕切る 
雑誌「ソトコト」編集長にして出版社社長の小黒一三。 
彼の環境で儲けようと暗躍する腹黒い姿勢については以前の09年12月24日の日記で触れた。 
で、先刻知ったのが以下のwebページ。 
http://www.sotokoto.net/jp/latest/?ym=201005 

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今日発売の5月号ではグリーンファイターと称して親しみをもって 
シーシェパードを大フィーチャー。って何コレ?

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環境テロリストと環境ゴロがここに握手って感じだ。 
正体見たり前世魔人!だよね。 

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2010年4月 3日 (土)

消えゆくもの

4月になった。
マンションの庭は桜が満開であでやかだ。
TVやラジオの番組は改編期で、
どれが楽しみとかプログラムを追いかけたりするわけではないけれど、
いままでと装いが変わったことには気がつく。
今ではTVは食事の時間位しか観ないけれど、
ますます安っぽくなったように思う。
予算がないから安く作っているというより、
表現が安っぽい。
というか人間が薄っぺらになっていく感じがもう気持ち悪い。
そうたいしたことでもない話題を
どうして大仰なそぶりと甲高い声で喚き散らさなければいけないのか。
彼らは一応「芸人」と呼ばれる職種に属するから
その大げさな騒ぎかたにも「芸」や「工夫」があるのだろうけれど、
僕にはチンドン屋以下、街角の高校生の大騒ぎと大差がないようにしか感じられない。
僕の知る落語や、古い漫才は別にああして騒ぎ立てるばかりじゃなかった。
語気の緩急もあったし、
何より、静かに語っても惹き付ける力や説得力があった。
でも今のTVは、ニュース番組まで
ニュースとは思えないような口調と
ニュースを語るべきではない人が
雁首を揃えて、皆同じような調子でまくし立てている。
まるで養鶏場に行ったみたいだ。
NHKでもタレントを使う番組もあるが、
ここでもタレントはまた同じようにニワトリがごとき奇声を発する。
なんだこのパターン化は。
日本のTVや映画はどうも無理やり笑わせたり、泣かせたりを強いている。
そうして感情を強引にガス抜きしないとならないほど
ストレスが高いのだろうか。鬱屈しているのだろうか。
日本人は静かに暮らす時間の価値を見失ってしまったのかな。
内省的に心を律する術を忘れてしまったのかな。
身の周りの音に耳を傾けたり、
本の頁の中に気持ちを滑り込ませたり、
手作業をしながら鼻歌を唄ったり、
どこかの花の匂いを楽しんだり、
日なたで寝返りをうつ猫を愛でたり、
コーヒーを挽くところから煎れ始めたり、
いくらでも気持ちを穏やかにすることはできるだろうに。
誰かに無理やり笑わされるなんてうんざりだ。
少し前に媒体の信頼度を測ったアンケートがあって、
1位はNHK-TVのニュース、2位が新聞だったかな。
民放の信頼度は惨めなもので、
こんな番組を流し続けるTVは、きっともっと駄目になっていくだろう。
NHKだけじゃ駄目だから
なんとか違う眼差しで番組を作って欲しいな。

FMも模様替えがそれなりにあった。
いつも聴いていた番組も無くなったり、担当者が替わったりした。
ラジオはメディアとしての老後というか
大きな波のない視聴者数を相手に独特の近接感をもって、
焦りを感じさせないながらも、
積極的で意欲的な改編だなという印象で受け止めている。
その昔、NHK-FMがクラシック番組の聴取者反応が薄いからと
大幅に番組数を減らし、歌謡番組などに時間を振り分けたとき、
驚くほどの数の抗議が局に届いたことがあった。
慌てたNHKは次の改変期で時間を復活せざるを得なくなり、、
静かなる視聴者の存在を思い知ったのだ。
ラジオはその意味では成熟した環境にあるのだと思う。
インターネットラジオやポッドキャストなど
その環境にも変化の兆しはあるけれど、
視聴者そのものは大きな変化を好まず、
緩やかに移り変わっていくものだと感じている。
それでも、今回の改編で僕が一番残念だったのは、
J-WAVE、土曜深夜0時からの「THE VOYAGE」が終わったことだ。
音楽もかかる番組なのだけれど、企画の主体は
世界各地から旅をして録ってきた「生音」だったのだ。
所謂「ナマ録」番組。
これ以外はNHKの「音の風景」くらいしかない、貴重な自然音の時間だった。
高音質・ステレオ放送というFMならでは、昔ながらの特徴を有す番組だ。
音場空間はTVなどの限られた不自由なフレームなどなしに
その空間を再現できる優越性を有している。
僕らは目を閉じて聴くだけで、その場に存在できるうるのだ。
コベントガーデンの雑踏や、バラナシの沐浴、アラスカに降る雪の音まで、
僕らは体感することができる。
無駄な音、雑音、ノイズとして普段見向きもされず、
iPodのイヤホンで蓋をされるその音たちに
実は意味や個性、そして美しさがあるのを知らせてくれる。
その番組がなくなってしまった。
残されたwebでその名残を受け取ることはできるけれど、
いつか、しかもそう遠くない未来に
その貴重な音たちの主張は消され、消えてしまう。
音は放たれれば、消えていく時間の落し物だと思うけれど、
それでも聴きたいから、遺したいから、人は録音の技術を獲得したのだ。
でもそれすら消され、存在を忘れられる。
仕方がないのかもしれないけれど、淋しいという気持ちだけは心に刻もう。
http://www.j-wave.co.jp/original/thevoyage/

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