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2010年5月 3日 (月)

物語の外へ[1]吉田康一郎都議への訪問より

先日、「東京都青少年健全育成条例」改正案のことで友人二人と訪問した
東京都議・吉田康一郎氏の事務所での話のレポート。
明日のコミティアにて
http://www.comitia.co.jp/
笹井一個さんのスペース(O09b ガソリン)での冊子に収められる予定の文章を再構成し、
数度に分けて日記にあげていこうと思う。
以前に僕が書いた文章をヒナ型に用いた部分もあるので
既読感を感じるところもあろうけれど、そこはお許しを。

■まえおき■

継続審議とは、もうこれまでどおりではいられないということの意味。
それを知ったとき、
「どろろ」で百鬼丸が妖怪に身体の部位を奪われているように、
僕らは自分の何かを奪われたかたちで生きていくのだと思った。
そしてその量は放っておけば増えていく。
どこで歯止めをかけるのか、それを皆で考えて戦わないといけないのに、
こちら側の足並みはどうにもおかしい。
全面対決を唱えて火に油を注ぎ続ける船頭。
内輪で叩き合う荒廃。
ネット上の噂や情報に一喜一憂しているばかりの内弁慶。
および腰の業界団体や企業、著名人。
中でも異様に感じたのは、
不都合で思い通りにならない環境へ、自分の思い描けるストーリーをあてがって、
解釈をして、その物語に準じて視野狭窄をしたまま、
超個人的な距離感や範疇で発言や対処、行動をする。
そしてその妄想を共有できた人とだけ、慰め肯きあうだけの小さな共闘ができるという姿だ。
(例えば背景にいる警察出身官僚を黒幕だと叫び、個人の排撃が解決策だと唱える人とか)
仕事で長く交渉の現場やそのサポートをしてきた僕にとっては、
それは他人を動かし納得などさせることもできない
まったく価値のない行為にしか見えない。
6月の都議会が迫る中で
同行した友人の計らいで議員の訪問が叶い、
この焦りと虚しさに道を求めるがごとく、出かけていった。
この文章はそんな前置きを持った僕のレポートと感想のようなものだ。

Yoshida3

■そこで何がおきていたのか■

「非実在青少年」なる奇妙な単語をもって取り沙汰された、
3月の東京都議会における一連の騒動。その動きが何だったのか。
ネット上に具体的に露出した情報は、
3月19日の「Gigazin」に、時系列で元ソースを照らした網羅をされていたので、
そちらで参照してもよいと思う。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100319_hijituzai_seisyounen/
でもこれ以外に、
背景となる状況や議会内部の動き、いくつかの噂の域を出ないエピソードなどがある。
僕なりの理解には、そこを確認していかなければ足りないと考えていた。

吉田都議の事務所は、中野駅から徒歩10分少々の距離にある集合住宅の一室にあった。
お世辞にも広くはない1Lの部屋の中に、うずたかく積まれた資料の山や、
書架に収まった多くのファイルの中で、
議員は訪問した僕ら三人を迎えてくれた。
42歳。若々しい風貌の民主党二期目の若手だ。
吉田氏は滑り出すようにその端緒を語り始める。
平成22年第1回東京都議会定例会に提案された件の改正案は、
与党自公が支配的だった頃と変わりなく、
大きな話題も集めずに議会で通過される見込みで動いていた。
行政(都)側が立案したものへ異議を唱えることに得はないと、
無関心を決め込む古参の議員は民主党にも少なくない。
多くの審議議案中の一つにすぎないそれに、疑問を差し挟んだのは、
先の都議選で初当選した民主党一年生議員たちと、
改正案に影響を及ぼした答申書の段階から疑義を訴えていた吉田都議だった。
しかし一年生は議会の中や外で発信をしていくノウハウと戦略に乏しい。
二期目の吉田議員がそこに「戦い方」の心得を伝えていく形で、
異議は中に外に動きを始める。
数年前から国会での児童ポルノ法案へ抗する働きかけをしてきた
コンテンツ文化研究会という民間団体がある。
http://icc-japan.blogspot.com/
接触してきたここへも同調を依頼し、
議会の外からの援護射撃と運動の広範な拡大を求めていく。
その中で議員は、
研究会が議会や媒体に向けて作成する資料の発想やスタイルまでもアドバイスをする。
自分の言葉で手紙やFAX、E-mailなどを都議会議員のもとへという方法もその一つだったそうだ。
実際、吉田議員の手元にも手紙とFAXだけでぶ厚いファイル1冊、
E-mailは3冊にもなる量が届いた。
古参も含めて多くの都議のもとへもそれは殺到し、
驚きと共に「騒ぎになっている」という認識へ改まっていく。

人伝えに聞いた話が僕にはあった。
それは今回の改正案を含めた児童ポルノ規制に関する動きの背景にある推進組織のことだ。
都の改正案には前述したように、影響を及ぼした答申書が存在する。
都の「青少年問題協議会」によるものだ。
吉田都議はこの答申書審議の時点より協議会委員へ内容の是正を求めてきたが受け入れられず、
また答申へ諸団体から寄せられた多くのパブリックコメント・意見書も、協議会は無視をし、
それらを非公開のまま封殺の姿勢でいる。
都が選出するはずの委員に、なぜこのような偏向した姿勢ができあがるのか。
僕はその疑問とともに、後ろにあるものについて議員に問うた。
背景の一つは警察。
協議会の面子を指名する部署「青少年・治安対策本部」に、
警察庁出身の役人がいるのは知られた事実だ。
(その人物の来歴がいかなるものかは、今の時代、容易に調べられると思うが、それはこの文の本旨ではない)。
その役人が黒幕だと吹聴する人もいるのだけれど、
議員は個人の恣意ではなく、警察組織の意向が働いていると言う。
法的規制という御旗の下に、管理監督する権利を手に入れれば、
天下り先や集金システムのような、自らの利権を獲得する流れが新たに構築できるという、
彼らの思惑を指摘する。
もう一つはラジカルフェミニズム思想にたつ、特異なキリスト教系の団体の存在。
http://swiki.jp/w/dckil5d1c1a2e1dl5fza6q
ECPATやVAWW -NETなどが代表的。
http://www.ecpatstop.org/
http://www1.jca.apc.org/vaww-net-japan/index.html
日本のアニメや漫画、ゲームの類、ネット上のサービスや情報は、
国際的にも児童ポルノが異常に氾濫した状態であるとの主観に立って、海外で非難を繰り返し、
それに感化された国内の下部組織や団体が、
マッチポンプ的に問題に火をつけておいて、
自ら消す行為でその権威と成果を鼓舞する態度をとっている。
アグネス=チャンが看板の国連組織を偽装する日本ユニセフ協会も、
その一つであるのはつとに有名だ。
http://yagi.tc/archives/2007/10/07/unicef_matome/
この二つの思惑の利害が一致したところに、
この規制の根があることを議員は語ってくれた。
国政での児童ポルノ法の働きかけを諦めて、健全育成という変名での地方自治体への展開、
特に影響力の強い東京へ矛先を切り替えたというわけではなく、
国の児ポ法と地方の動きは並行であり、止まったわけではないのだとも言われる。
つまり縦横にかつ狡猾に自らの主張を実現しようとしているのだ。

友人が、
出版社の一つが有害図書を審議する都の部署から、度重なる注意指導を受けながら無視して、
露悪的な描写を一般漫画誌で掲載し続けたことが、
今回の規制強化の発端になったという噂を確認する。
つまり自主規制を破って営利にひた走ったこちら側に非があり、
自ら招いた結果ではないのかというものだ。
都議はそのような会社が存在したことを認めつつ、
その例は口実を与えたことにはなるが、本質は別にもっと前から進行していたものだと語る。
(松文館事件がそれに該当する様子。でもこの事件は別の要素もあるし、雑誌ではなかったはず)

閑話休題。
民主党若手を中心に興った改正案への異議は、他の議員にも伝播するに到り、
都議会の中で火がついていく。
繰り返される質問に都側も慌てて「誤解がある」として火消しに走るものの、
スルーで可決されると高を括っていたがゆえに、答弁は一貫性を欠いて迷走を繰り返し、
いかに曖昧なイメージであるのかを露呈していく。
コンテンツ文化研究会の働きかけは、大御所漫画家による都民主党総務部会への請願、
都議会場での記者会見とシンポジウムに結実して、話題性をさらに広げていく。
吉田都議は奔走をしつつも、十中八九の率でこの法案は可決されてしまう覚悟をしていた。
しかし小さな灯りが点り、それが沢山集まって輝きを増していくような感覚に接し、
それが「継続審議」に漕ぎつけさせた姿に驚きと感動を禁じえなかったと、
言葉を詰まらせて目頭を押さえた。

[つづく]

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