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2010年12月25日 (土)

鐘の鳴る町

僕がこの町に住み始めた頃、よく鐘の音が聞こえた。
お寺の「ゴーン」とかいうものではなく、
目の前の隅田川をはさんで向こう側にある教会の鐘だ。
複数の鐘から鳴り下ろされ、町と川と空に不思議に反射と拡散をしたその音は、
複雑でかつ、まろく、町に染みるようだった。
不動産屋は「マンションとは眺望を買うものだ」と僕に言った。
それは確かに13階からの眺めは悪いものではないけれど、
それより僕はあの教会の鐘の音が気に入っていたように思う。
サラリーマンの薄給からローンを組んで、この家を買ったのも、
町の音と川の流れに惹かれたからだった。
そうして住み始めて数年して、
荒川区は防災無線の施設として拡声器のついた電柱ほどの柱を近所の公園に立てた。
そこからは無線の稼動の確認もあってだろう、
毎夕、押し付けがましく子供に帰宅を促す声と、
荒川区の区歌かなにか知らないけれど、
貧相な校歌のごとき音楽が大音量で流されるようになった。
この時間が、まさに鐘の鳴る時間に重なってしまい。
僕の好きな音は、無粋な大騒ぎに掻き消されるようになってしまった。
また、この区の音楽が電子音ときている。
ピロピロとした薄く尖った音で、耳に痛いようだ。
かつての小学校で下校時に流されたりしていた音は
「遠き山に日は落ちて」
つまりドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」第2楽章冒頭だったりして
ちゃんとレコードの音源を利用し、厚みと柔らかさのある音だった。
それがどうしてこの現代で電子音なのだろう。
機器だって今のほうがぜんぜん良いし、
生楽器で編成された音だってちゃんと再生できるはずなのに、
この安っぽい音を押し付けてくる感覚は、
いかにも役所の仕事っぽくて辟易する。
そもそもその土地の音環境というものをまるで理解していない。
町にはその立地や自然環境、人と活動から生まれる「場所の音」が存在する。
それはまぎれもなく、土地ならではのアイデンティティだ。
最近はヘッドホンステレオを耳に刺して、
音を聴きもしない輩が増えたが、
町の音の記憶は、人が人と社会と土地と共有できる貴重な共通項であり、
そこから養われる感覚は意外に大きい。
区のおしつけは、もちろん意識なんてしていないだろうけれど、
塗りつぶしによる音環境の摩り替えだ。
防災に必要だというなら、
せめて鐘と重ならない正午の報だとか、棲み分けはできただろうに、
つくづくこの無理解無頓着には呆れる。
以来、10年以上、この不愉快で耳に痛い大音量の電子音を
苦々しく思い続けている。
心無い音は心を痩せさせる。

今宵はその川向こうの教会で、ミサが行われていたことだろう。
僕は2000年も前の新興宗教の教祖の偽りの誕生日を祝う気なんてさらさらないし、
皇族の誕生日だって、友人や家族の誕生日以上に大事に思うこともない。
昨日も一昨日も、これまでとさして違わないどうでもいい「日常」であることに
感謝をし、素晴らしいことだと思う。
逆に過剰に「非日常」を尊ぶ精神はどっかへいってほしい。
ただまぁ、それをダシに人の気持ちが愉しく明るい方向へ押されるなら、
まぁ目くじらを立てずに、ゆるゆると自然に過ごしたい。

こんな夜に自分が聴きたいなと思うのは
賛美歌なんかではないし、
あつかましいマライア=キャリーの金切り声でもない。
例えば、Herbie Hancockの「Speak like a child」のような曲。
輪郭が曖昧で、それゆえに音の間口が広くいろんなカタチをしているから、
ともすると特別な印象を残さずに身体を通り抜けてしまうのだけれど、
ちゃんと耳を傾ければ、その深さと厚みに触れられる。
3本の金管のアンサンブルが温かみをかもし、
スケッチのようなハービーのピアノを支えながら、
しかしホーンもピアノも強い旋律をとって曲を支配しない絶妙な関係。
まるで淡彩画のような世界だ。

1968年3月に録音とは感じさせない音。
ジャケットのハービーと妻の口づけをシルエットでとらえた淡く温かい色は
アルバムの表題曲でもあるこの曲のイメージを象徴するかのようだ。
(この写真はインナーにもちょっとした仕掛けがあって微笑ましい)



これはLIVE音源。JAZZには同じ演奏はない。
一期一会。長い人生の中で垣間見る日常の出会いと一瞬の輝き。




皆が静かで暖かな冬の夜でありますよう。

僕はもう少し絵を描いてから寝ます。

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