« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

2011年3月23日 (水)

虚数霊3巻発売になります。

今日、午前中に家に献本が届きました。
連休をはさんだせいもあるとは思いますが、
いつもより数日は遅いかも。
出版社から印刷会社へ仕事が渡った段階では
問題のない進行であったと聞き及んでいます。
ただそのあとに震災に見舞われ、
一時的な物流の混乱による紙の調達や、
印刷機の調整もありましょうから、
そこから予定の日に刷り上るか、
さらには物流のマターとして印刷物を行き届けられるのか
という問題はあったと思います。
でも間違いなく僕の手元に出来上がりがあります。
物流の関係で若干の遅れがある地方もあるのかもしれませんが
首都圏の主だったところでは今日には予定通り店頭に並ぶはず。

Img_1362b

ゲストイラストを寄せてくれた希有馬っちこと井上純弌っちゃんの絵は
実は出来上がるまで見ていなかったので、
カバーをめくって見て、大爆笑。
いやいやさすがでありました。
若い中国嫁をもらってますますエッチに磨きがかかる40男のリビドーを感じます。
大感謝!
カバー画はなんだかちょっとオレンジが強い気もするけれど、まぁご愛嬌。
デジタルの彩色は結局は本当がなくて、常に相対的で虚ろなものだから。
本編は前にも触れたように、ほぼ全頁になにかしら手を入れてます。
連載時のものをお持ちなら、比較すると楽しいかも。(間違いさがしみたいに)
今回は連載を畳む方向でという方針が出たこともあって、
いつもなら短かいエピソードを挟むところを
1冊で大きなお話になっています。
その意味では流れのある読後感があるかもしれません。
登場するキャラクターの多くは
僕の知人友人から容姿や名前を拝借しています。
連載の最中ではあまりキャラの造形に時間が使えないので
ついついそうなります。
中には小学館クリエイティブの編集をしている大学の後輩が
「u君を出すなら、僕も出してくださいよ」というので描いてます。
担当編集さんの大のお気に入りにして「虚数霊で一番カワイイ」と言う
薫夏ちゃんも友人のお名前です。(素敵な名前でしょ)

「虚数霊」は大震災で放棄された首都が舞台で、
くしくも東北一帯がこんな大きな災禍に見舞われ
それに重ね合わせて、お声がけくださる人もおりました。
このお話はあとがきにも記したように
いくつかの要素が自分の中で結びついて出来上がっています。
その一つはやはり95年の阪神淡路震災の折、
災害ボランティアとして現地に入ったときの経験、
そしてその後にも何度も訪れた神戸の姿や人を通じての想いがあります。
先日、編集部と連絡をとった際に
被災地へ向けて応援のメッセージとイラストを寄せて欲しいと依頼を受けました。
頑張ってとありていの言葉を向けるのは
嘘ではない気持ちだしそれでよいのだと思うのですが、
なんだか自分の中では、あの時、神戸で受け取ったもの
罹災した人と応援する人の双方の気持ちに届くものでありたいなと考えてしまって、
そのまま唸って手が進まなくなってしまいました。
でもようやく自分の中で言葉がみつかったので
そこに絵がつけられそうです。
そして本作三冊、残念ながら物語半ばで、寂しい結びで綴じてはいますが、
この中でもそんな想いはこめていますので、
いくばくかは感じて貰えるように願っています。

|

2011年3月19日 (土)

アイスを買いに

終わらない地震の片づけにも飽き、夕食を済ませて、
アイスクリームでも買おうと家を出たら
停電のせいか、冷凍ものは店舗から消えている感じで、
捜しつつふらふらと駅前まで出てしまったものだから、
そのまま、行きつけの小料理屋に顔を出してしまった。
漫画を描いているとお酒は一切口にしないし、
懐に余裕があるわけでもないので、今では年に何回もいけないけれど、
地震のこともあり心配だったから、数ヶ月ぶりに覗いてみた。
時節柄、地震の話題などを常連さんとしつつ、
芋焼酎を2、3杯(いや4杯5杯?)いただく。
警察の放水車が放射線被爆の恐れから距離を近づけず、水が届かなかった
という話題になったら、
お隣の席のおとうさん(工事会社経営)が、
「根性が足りない」
「決死隊を募って突入する根性もないのか」
「情けない奴らだ」
とか言い始めたので、
「死ね」と命令する上官など間違っている
現場の人は皆、精一杯頑張っているし情けないことなんてないと
丁寧に全部否定してあげたら、
「上官の命令を無視してでも国難に身を捧げるのが男だ」
「俺の若い頃の男はみんなそういう魂をもって戦争に臨んだ」とロマンを語られるので
他に方法があるうちにわざわざ身を捧げる意味なんてないし
そういう思想は組織を統率する人間として狂ってると
丁寧にお話したら
怒りだして、店を出て行ってしまった。
命をかけてなにかをやり遂げる覚悟ってものを否定したいのではない。
現場で死と隣りあわせで活動している人を
安全な場所から酒とタバコをやりながら情けない奴と罵倒し
国のために死ねと放言する肥ったオヤジを
僕は最悪だと思うので、つい…。
仮にも常連さんを出て行かせてしまい、お店のママさんに詫びたら
「あの人はいつも興奮するとああだから」
と他のお客さんの防波堤と言うか、応対した僕をねぎらってくれた。
なんだか死んだ父親と言っていることが同じなので(年齢も近い)
いささか「ちゃんと」言い過ぎたかもしれない。
いかんいかん。
ママさんは
「だったら自分が決死隊で行けばいいのよ」
「戦争で死んだ人のお陰でのうのうと歳をとっていてよく言う」
とつぶやかれて、人生の先輩の言葉にまた頭が下がる。
(ちなみにママさんの出身は福島県相馬市)
件のおとうさんも酔って勢いがつかなければ困った人でもないので、
花見のときに会ったら、また笑って盃を酌み交わせるだろう。

店の隅に『コミック・アーススター』の創刊号があったので
http://comic-earthstar.jp/
いよいよ発刊かと手にとって眺めてみた。
読んでいて編集方針的に色々と気になるところもあり、
その辺りを常連さんと話題にしていたところへ、
当該誌の編集長さんが顔をだしたので、
そのまま午前3時まで話し込むことに。
(アイスを買うつもりだったのだがっ)

なぜ漫画誌の創刊号が声優ユニットの表紙なのか。
雑誌の柱はいったいどう考えてるのか。
この先をどうしていきたいのか。
他にも各掲載作品のスタンスや表現についての疑問や不満などを
ぶつけてみた。
(もともと飲み仲間なので無礼講)
まぁその疑問への回答はここでは触れないでおくけれど、
編集長としての気概だとか、仕事への目線、作家への姿勢は
意思と信念と目標がしっかりしていて、
以前聞いていたものより全然すっきりと定まっていた。
その中で色々判断をして進んできたことも
彼の考えとしてはぶれてなかった。
漫画のことは詳しくない人なんだけれど、
その芯は職業人としては首肯できるものだったので、安心した。
「毎号が勝負」「ここからどんどん良くしたい」と
それまでのキャリアとは異なる仕事なれど
その大きな楕円軌道をイメージしつつ商機を狙っていた。
漫画家としては
僕が描かなかろうと、漫画を描く場をこの出版不況のご時勢に設けてくれることは
大変ありがたいことで
成功を願っているし、友達として協力もしますと気持ちを伝えた。
編集長は僕が紹介した(ことになっているらしい)
お友達の女性漫画家さんの予定されている新連載にとても期待していて、
僕もたまたまお話の内容を知っていたから
彼女の作家性を生かして物語を飛躍させるアイディアなどを
二人であれこれ楽しく話し合った。
まだまだ隙のある雑誌だけれど
ゆえに伸びシロがあるとも言える。
色んなことがしたいと話していたので、期待をしていきたい。

オイラも描かせて貰えたら短編を描きたいな。



追:11日の日記に追記をしました。

|

2011年3月11日 (金)

酷い地震でした

まだまだ余震がずっと続いておりますが
とりあえず僕は無事です。滅茶苦茶になった家の片づけをしています。
居間などは胸よりは高い家具を置かないようにしていましたので大事は無いのですが、
書斎というか仕事場と台所は大変。
居間で家事をしていたので助かりました。

地震後はマンションの隣家を訪ねて怪我人がいないかを聴き訪ねておりましたが
大事はない様子。

記録上最大級の地震のようですが
死者や怪我人がそう多くないのは不幸中の幸い。
これ以上の惨事にならないよう願っております。

3/19追記

震災から1週間たって、被災者、死亡者、行方不明者は
とうとう最悪の状態になってしまいました。
残念でなりません。お悔やみ申し上げます。
東北に住まう友人の何人かは連絡がとれ
何人かはまだ不明です。
阪神の震災でボランティアに参加した経験から思えば
やみくもにあわてて何かをするのは、
特殊技能があるでない市井のただの人ではかえって迷惑と混乱のもと。
状況を見つつ、系統だったルートと手段と受け入れ態勢を見て
適宜、できる最善の行動をとっていきたいなと考えています。

義捐金もしたいのですが、
4割ピンハネする日本ユニセフ協会という募金ビジネス団体が
あちこちの企業募金のシステムにからんでいるので
(例えばテレビ朝日の「ドラえもん募金」やYahoo!など)
注意しなければならないのが悩みどころ。
さしあたりは日本赤十字やふるさと納税など
可能な限り被災者にお金がそのまま届く方法を探していきたいと思っています。

|

2011年3月 4日 (金)

主婦の勘

うちのマンションのお向かいにあるスーパーマーケット。
どうも怪しい。
会社を畳んだことのある僕だからと言うより
主婦の勘で、閉店の臭いがプンプンする。
銀行へ行った帰りに食材でも買おうと立ち寄ったが、どうにも空気が重い。

昨年12月で2階フロアを占めていたコジマデンキが撤退し、
2月28日には1階で併設していたダイソーが閉店した。
そして2階の小さなゲーセンの3/6での閉店が告知されていた。
これで、2階は入居がなくなり、ほぼスラム化状態に。
この2階建て商業テナントで残るのは
スーパーとスギ薬局とクリーニング取次などの小店舗だけ。
空気の重さはダイソーの撤退だからというわけではない。
スーパーの店内の商品とその陳列からまるで死臭のように伝わってくる。
一見、通常通りのように営業しているが、
本質は全然異なっているのが感じられる。

まず、鮮魚類。
品数が先月頭と比較すると1/3程度に減っていて
刺身も寿司などの品揃えも僅か数種類になっている。
今日などは寿司が
 手巻き3本入りパック
 海鮮丼  握り1人前10個入り
 おにぎり(それぞれ具が3種類で単品売り)
この4種だけ。
1月はこの倍以上の種類はあった。(それでも少ないよ!)
刺身にいたっては1種類だけ。(酢〆、ボイルなどの加工品はある)
さらには種類だけでなくその陳列数が半減。
25mプールが楽に二つ三つは入る店舗スペースなのにこの種類数は異常。
つまり生魚の仕入れをまともに行っていない。
在庫の冷凍魚ばかりでこなしている。
次に精肉。
徳用の大パックがまず根絶されたのに加え、セール扱いの品の内容が貧弱になっている。
また、通常の肉類の100g辺りの価格が全て微妙に値上げされており、
例えばこれまで豚コマ100gが89円程度であったのが118円に
ひき肉類ものきなみ20円程度上がっている。 

つまりコストが合わなくなってきているし、仕入れも控えているのだろう。

ゆえにもちろん品揃えが減っている。

何より陳列の内容が生肉ではなく、ソーセージなど日持ちと保管に優越な加工肉が増えているのも
おかしい。

冷凍食品に関しては値段の上下はないけれど、扱う品が昨年から半分になった。
今日など、アイスクリーム売り場などは、故障でもないのに
一区画が布で覆われて塞がれ、商品を置いていない。

(以前は冷蔵機器の故障であればその旨、表示がされていた)

惣菜も種類が減って、値段の多様性も失われた。
つまり最低限の作業ルーチンとコストで回している。

店全体に陳列の集密感が微妙に失われている。
バッタ買いで買い叩いた菓子や保存食品の流れ品でにぎやかしをしているけれど、

ディスカウント店でもあるまいし、スーパーとしての本質は透けて見える。
鮮度リスクのあるものが避けられているのだ。
つまり気取られないようにそれらの扱いを間引いている。
そして何より従業員(パート)数が数人の単位で少ない。人も間引いたのだ。

怪しい。

そもそもこのテナントは
マルエツのみの営業で開業した。
1階が食料品類、2階がクスリや日用品、文具などで
広いフロアを1社で占める様は壮観だった。
だが集客はままならず、
数年後には2階がコジマデンキとゲーセンに。
そしてとうとうマルエツが撤退。
その後にバッタ屋系のスーパーとスギ薬局が入る。
ところがやはりスーパーは営業不振なのか
スペースの1/3をダイソーに譲ることになる。
そして数年。コジマとダイソーが相次いで撤退したのが今。
縮小と撤退を続けて
他店舗との相補性で集客を維持する方法をとってきたのに
メインの2店舗を欠いた今、その痛手はかなり深刻なはずだ。
そしてダイソーのなくなった店舗の見栄えは凶悪にみすぼらしくなった。
その悪影響は計り知れない。
2階も新しいテナントが入る情報はない。
折りしも3月の決算期に入ろうとしている。
スーパーとしてはここで撤退閉店と見定め、
月替わりになる明日以降、近いうちに発表になるのではないか。
僕はそうにらんでいる。
主婦の勘がそう囁くのだ。

主婦っていうか主夫だな。オイラ。

|

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »