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2011年4月

2011年4月20日 (水)

うわわ、4月はあっという間だー

気がついたら日記を随分書かないままになっていた。
4月は少し余裕のある(というかヒマ)生活になるのかなと思っていたら、
先月の震災や余震の片付けで予定が狂ったり、
自分の小さな仕事や用事の合間に野上さんの手伝いに通ってみたりと、なんだかずっと慌しい。
忙しさにかまけてというか
何かを思考して文章にする時間が取れなかったこともあるけれど、
震災以降、どうも世の中というより人心が不穏で、不気味でならず、
その様を見つめることと、自分に照らしている時間に
日々を費やしてしまったように思う。
それらはまだまとまって何かを形作ることはないし、
自分の中で整理がつかない妄想に属するものもあるけれど、
その断片やそこから思った事を備忘録的に記しておこうと思う。

例年参加しているお花見席が
谷中霊園が「宴会禁止」の自粛強制で利用が叶わず、
規模を縮小して、逆に僕のマンションの庭にお招きして催した。
その前の週の茶懐石もそうだったけれど、
人が集まって生まれる談笑こそ、震災後の心に求められるものじゃないのかなと思う反面、
震災報道のピークを過ぎた辺りからのTV放送の姿を横目で見るにつけ、
そうした人の心の場所をという着眼で、
特に民放の存在意義に大きな疑問というか欠陥を感じ続けた。
震災という非常時から平時への過渡期とは言え、
どうにも歪でぎこちなく見える。
簡単に言えば、「放送できる番組を有していない」。
ラジオは地域に密着した震災情報と音楽番組を編成して、
メディアとしての視聴者との独特の距離感をもって
早くから情報と安定した娯楽を提供していた。
引き換え、TVは動く絵がないと成立しないため、
予算や労力、企画がネックになるのか、そもそもが鈍重で、
安価な中継報道以外の番組が少ない。
以前より気になっていたけれど、
1日の番組表で、通販番組、韓国ドラマ、映画、バラエティ番組、
これらの枠を除いたら一体、何時間残るのか。
つまりTV局自体がこういうときに提供できる番組を
もうさほど作っていないのではないのか。
震災の中で「笑い」や「娯楽」に対して自粛を訴える風潮があったけれど、
被災地においてさえ、人が集まれば談笑が生まれるし
苦しい時間を忘れさせてくれる娯楽は必要だ。
僕はバラエティ番組が大嫌いで、殆ど価値を見出していないけれど、
ここで除外の項目に入れているのは、
番組の作りが、僅かなネタを雛壇芸人がからっぽの笑いで転がす「水増し」ばかりで、
しかもその笑いが、対象を馬鹿にした軽蔑の笑いや、
多数派に属さないものを否定する蔑みの笑い、
それらを逆転させて愚鈍を装ったタレントへ暴力やその苦痛、愚行を あざ笑うことを
視聴者に誘う仕組みで編まれているから。
「笑い」であっても漫才番組など「芸」がそこにあるなら
立派に胸をはって放送できると思うけれど、
バラエティには意味の無い大騒ぎの「リアクション」しかない。
確かにそんな番組では、苦しみに耐えている被災者やその縁者がいる前では
放送なんてできやしないだろう。
震災から数日後にはNHKはBSにおいては
紀行や科学、ドキュメンタリーなどを含む種々の娯楽番組をすでに放送し始めていて、
番組を作っている強さを示していた。 (テレ東もね)
これって考え方を変えると、海外に輸出できる番組・コンテンツと相似形に見える。
アニメが海外で評価されてるっていうのも、
日本で制作される番組で、結局海外に売れるようなものは
アニメやドラマ、ドキュメンタリー、一部の娯楽番組だけだからではないのか。
それがくしくも、地震があっても放送できるちゃんとした「創作」だったってことだ。
ネットに視聴者を奪われてるって、そりゃこんなんじゃ当たり前だ。
だとしたらTV局は今みたいな数はいらないって事になりかねない。
それこそ放送時間の「水増し」である前述の通販番組以下を削って詰めれば
東京の民放局なんて半分以下で良いんじゃないかな。
ただまぁバラエティが好きな人には必要なものなんだろうけれどね。
でも親しみやすい、とっつきやすい、分かりやすいってものと、
安っぽい大騒ぎと侮蔑的で軽率な笑いとは、そもそも違うと思うな。

あと、ちょっと関連して
先日名古屋に行った折、岸田メルさんと会食した際に話しそびれたんだけど、
(皆でステーキをがつがつ食べてたので)
「花咲くいろは」も「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」も
アニメとしては丁寧に作ってあって(特に「いろは」はやりすぎな位)
その誠意と努力には好感を持っているけれど、
こういう題材ってこれまではTVドラマが担ってきたように思う。
アニメもドラマもそうだけど、1クール13話で畳んでしまう状況になってきていて、
(漫画などの原作つきでないと企画も通らないのも同じ)
ドラマは「トレンディ」などと浮かれていた時代の悪癖が残って
配役も演出も行き詰まり、かつての魅力がない。
(昔、タイへ山間部へ植林ボランティアに行ったとき、日本のドラマはTVで大人気だったが)
その中で、アニメだけは一定数の視聴者の「熱」を維持できているのかなと思う。
「聖地めぐり」だって、昔は映画やTVドラマで行われていたものだ。
なぜその「熱」があるのかは、あまりまだ考えてない。
コンテンツとしてアニメがその役の重要度を増すのは良いけれど、
制作の現場の厳しさや、
資本の保守化からくる原作のないオリジナル企画の困難など
問題はあまりTVドラマと変わってないのが気になる。
「いろは」はオリジナル企画だし、厳しい中でぜひ頑張って欲しいのと、
僕はTVドラマの代用ではなく、アニメならではの表現をもった作品が望ましいと思うので、
お話が進む中で化けて欲しいなと願っている。
あと、今はもうあまりTVドラマは観ないけれど
僕は佐々木昭一郎のドラマとか観て育った世代なので、
まだまだTVでのドラマの可能性には期待したいなぁ。

風評被害があれこれ言われている。
荒川区のスーパーなんかで見かけた、「買い占め」のオバチャンたちの心理を
逆版したようなものだと思うし、うんざりさせられるけれど、
一部はそんな消費者じゃなくって、
流通段階、つまり市場関係者の扱い量の操作や値踏みに原因があると思う。
株価の上下動にからむ人の心理や動向とそっくりに見えるから。
仲買の不安や憶測からのリスク管理で、被害を生んでいるのじゃなかろか。
実際、被災地産品を購入しようって消費者の動きはあるのに、
市場がそれを阻んでいる構図になっている。
だとしたら行政もマスコミもそこへ切り込むべきに思う。
市場原理に任せるってのは原則にして犯されざる聖域にみえようとも
金融だって公的な介入はある。
不当な価格の暴落や流通量の抑制は積極指導とその報道を行えばいい。
名古屋で飲んだ日本酒は「東北の酒にしよう」ということで酒屋で選んだけど、
震災後に瓶詰めされたことを示すラベルに、
現地の気概と風評を覆そうという手づたいの想いが感じられ、
こみ上げるものがあった。
(で二人で1升半…)

話は前後するけれど、
先の土日に、春日ひろさんの遺稿集の編集作業に名古屋へ赴いた。
JR名古屋駅や地下鉄に乗っていて思ったのは、
震災の影がないこと。
もちろん震災の影響は全国にじわじわと及んでいるけれど
この影のない強さと心をもって日本全体で被災地を支えて欲しいなと切に願う反面、
それで東京の陰鬱さがよりくっきりと浮かび上がった。
東京は被災地ではない。ある学者は言っていたけれど、
でも前線の後方であると思う。その延長下にある。
被災地の困苦とはまったく別の
一種の恐怖と不安にかられた狂騒状態が多くの人の心を蝕んでいる。
「脱原発」ではなく「反原発」の狂猛に走る人々、
政権や外国人の排斥の理由を求める人々、
デマがデマと恐怖を呼ぶ図式。
政府や企業からの情報は嘘と隠蔽と陰謀だと妄信する人々、
独善に迷い込み、要人テロを教唆する人、
誠実な人の心にも狂気が蓄積されてきていく感触に、恐れおののくばかりだ。
気づいて欲しいのは、この狂騒は関東圏を中心に支配しているだけで、
騒いでいるのは自分達だけということ。
(まぁ原発を誘致しているところもあろうけど)
語ろうとする言葉や理屈、誠意を疑おうとも否定をしようとも思わないし、
丁寧に議論を重ねていけばいいことだけれど、
だのにこの狂猛はヒステリックで明らかに異常だ。
今はともかく、行き急ぐその歩を緩めて欲しいと願うばかり。
ただデマに関しては、以下のURLにあるように
多くの人の手により検証分析されて流れを見つめようとする行動がある。
これは教訓とともに意義のある大切なことであり、救いでもある。
http://www.kotono8.com/2011/04/08dema.html

付け加えるなら、
政治の本質に求められるのは
議員の細かい属性や言葉の末節や政党ではなく、
理念と哲学、政策をもって議論をすること。
そして現実に向き合うことだけだと僕は考える。
菅だ鳩だ自民だ民主だなんてのは、
楽して政治を語りたい人のルーチンでしかない。
政治家の党利党略も国民軽視に過ぎない。
自分の政治信条のために人を煽って利用するのも同列だ。
幼稚でバカっぽく見られるかもだけど、
大学で一応、政治を学んだ僕の描く基本はベタなそこにある。
だが政治は同時にシステムであり
僕の基本が基本とされないシステムならば
そのシステムに則って目的は達成されないといけない。
(アホウな国会審議と議員の言動など見るにつけ、やれやれ…という気持ちなのだが)

統一地方選挙の真っ盛りだ。
東京都知事はあの老人が当選。
ただ自分の投票した候補者や政党が選挙で負けたから、
今後の政治は選んだ大衆の愚のせいにするのは誤りだと考える。
その選択を世にゆるした非力の責任が自分にはある。
そして己もまた愚だ。
愚なればこそ愚直に今後の政治に責任を持っていきたい。

前の日記でも触れた業界誌の表紙画。
求められたテーマに従って描き
3月末締め切りで4月1日に入稿をなんとか済ませたものだけれど、
19日になって、急にリテイクが出た。
担当者は僕の絵を評価してくれていたけれど、
上長が急に、
「自分らが派遣した災害ボランティアを撮った写真で描かせろ」と言ったとのこと。
それを「はいそうですか」と僕に回してきた担当の
編集者としての主体性の無さも腹が立ったが、
災害ボランティアを組織の宣伝がごとく利用するエゴイスティックな考えと
絵描きの仕事と作品を安く見るその姿勢が不愉快だった。
こちらは本当に色々考えて、
震災ボランティアの経験者として、絵描きとして
メッセージと心を込めて描いた。
仕上げかけた絵を捨てて描き直しをしてまで完成させた絵だ。
描いた絵と手間が惜しければそんなことはしない。
この申し出は拒絶させてもらった。
どこの組織がボランティアをしてるかなんていうものは、現地の人には関係がない。
被災地を遠巻きに見ている組織の見栄とエゴだ。
実際、被災地でボランティアの面々に
組織の立場を強制し、理念を押し付けた者が
どんな批判と軽蔑を受けたことか。
被災者の置かれた境遇も援助者の心も無視した行為でしかない。
組織の品格を疑われる。
どうしても紹介したいのなら本文記事でやればいいし、
(どうせやるだろうが、まぁ報告ならいいだろう)
リテイクを拒否した僕を更迭するならばすればよい。
クライアントの要望は普段なら実現に最大の努力をするが、
こればかりはお断りだ。
機関誌の表紙ってのは、それこそ組織の理念であり哲学であり、
記事のような言葉のないイラストだけだからこそ、
そのメッセージを示すものであるべきで、
浅はかな恣意とエゴを流し込めば
それはとたんに濁ってしまう。

画像は件のイラストではなくって、
フラッパー誌の震災応援の企画記事に寄せたもの。
ページはモノクロだったのにカラーで描いてしまったから、
ここで公開。
3巻発売に触れた日記でも書いたもの。
罹災した人と応援する人の双方の気持ちに届くものでありたいなと
そう思ってたどり着いたのがこの絵と文だった。

Ouen2b

あー、5月は自分の仕事を進めたいな。漫画も描くぞ!
いやその前にシャルルとか、まどか+ほむほむの絵も描きたいぞ!

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2011年4月 7日 (木)

それでも花は咲く

先日、イラストを描きあげて入稿を済ませた。
いつもの業界誌の表紙の仕事。
今回は茨城の日立製作所へ取材の予定だったけれど、
震災で予定は消えた。
クライアントからは、被災地への応援のメッセージを込めた絵にして欲しいと
代わりのお題をいただいた。
僕の描くような絵と技術で、
被災された方々の心に届くものが描けるのかと
随分また考え込んでしまって、
下絵を描いては消し、描いては消し、
とうとう殆ど彩色が済んだ絵も反故にした。
時間だけを浪費する気色の悪さが背中を這い上がってくる。

シクラメンの鉢に白い花が咲いた。
一昨年、家人が買ってきてしまった鉢。
球根から次々と咲かせる花期の長い花だけれど、
そのくせ翌年に花を咲かせるのが難しい。
NHKの園芸番組などを観ていると
「素人には無理かも」と平気で講師が言ってしまうくらいだ。
その花が咲いた。
クリスマスシーズンに市場に出るけれど、
それはハウス栽培などで開花期をコントロールしているからであって、
翌年の赤と緑が街を彩る季節に間に合うはずもない。
おまけに素人園芸でもかなりレベルの低い我が家ときたことだから、
鉢を大きくするでもなく、土を換えて根をほぐすでもなく、
肥料を与えるでもない。
それどころか、仕事に追われて水遣りを怠ることもしばしばだったのだから、
くたくたに葉がうなだれてしまう姿に何度あわてたことか。
実際、僕は以前に栽培農家の直販で買ってきた鉢を
幾つも面倒を見たが、翌年から決して花を咲かせることなく、
3年ほどして葉もつけなくなり枯らせてしまっている。
実家の事情で帰省して長く家をあけている家人から養生を頼まれたものの、
まるで期待をせずにつきあってきたが、
地震の直後から葉の中よりおもむろに花が首をもたげ、咲き始めた。
シクラメンにとっては相当過酷な環境であったに違いない。
それでも花を咲かせた力に驚いた。

思えば、かつては僕の家にも花が沢山あった。
寝室に満ちた花の香に包まれて眠るやすらぎ。
葉野菜と鑑賞花を寄せ植えにした目と口の愉しみ。
何年も僕の生活を豊かに彩ってくれていた。
そうしたものがやむなく家業を継いで社長になったとたんに
不思議に枯れていき、どうやっても長持ちしない。
それでもと何度も試み、どれだけの草木をダメにしたことか。
サボテンやエアプランツすら枯らすのだから、もう完全に異常。
あげく空っぽの植木鉢ばかりがベランダに躯をさらすようになった。
当時の僕はその不思議に答えを見つけられなかったけれど、
今思えば、自分の無力と胸の空白に向き合う中で
気持ちがすさみきっていたのだろう。
それが植物に写ってしまっていたように感じる。
会社を畳んで2年半。漫画家になって2年。
ようやく自分で花を育てられる心にまで
立ち直ったのかもしれない。
それには友人や周囲の支えと励ましがあったからだし、
それは決して忘れない。
一人ではとても困難だったと思う。
例え絶望で目の前が真っ暗でも、
きっと立ち上がって、花を咲かせることはできる。
今の僕ならそうきっぱりと言える。
そして枯れてはいっても、花々は僕に力を与えてくれていた。
枯れるたびに僕の中の重さを溶かしてくれていたように思える。
その小さな犠牲と、美しさも僕は決して忘れまい。

花の季節だ。
埼玉の田舎と違って、植物の少ない荒川区だけれど、
ユキヤナギの白い尾の様な可愛さや
ボケの朱の輝き、
ハクモクレンが空の青に白く抜ける様がそれでも目に入ってくる。
そして桜も満開した。
花見は自粛みたいな言葉が聞かれるけれど、それは間違っていると思う。
こんなときでも花は咲く。
花はきっと鬱屈した人の気持ちに違う風を運んでくれる。
ならば花を愛でよう。
今こんなときだからこそ花が必要だ。
そう思うことでやっと抱えた絵にも道筋がつけられた。
絵描きの僕がするべきことと一緒に。

Ouen1

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