« 虚数霊3巻発売になります。 | トップページ | うわわ、4月はあっという間だー »

2011年4月 7日 (木)

それでも花は咲く

先日、イラストを描きあげて入稿を済ませた。
いつもの業界誌の表紙の仕事。
今回は茨城の日立製作所へ取材の予定だったけれど、
震災で予定は消えた。
クライアントからは、被災地への応援のメッセージを込めた絵にして欲しいと
代わりのお題をいただいた。
僕の描くような絵と技術で、
被災された方々の心に届くものが描けるのかと
随分また考え込んでしまって、
下絵を描いては消し、描いては消し、
とうとう殆ど彩色が済んだ絵も反故にした。
時間だけを浪費する気色の悪さが背中を這い上がってくる。

シクラメンの鉢に白い花が咲いた。
一昨年、家人が買ってきてしまった鉢。
球根から次々と咲かせる花期の長い花だけれど、
そのくせ翌年に花を咲かせるのが難しい。
NHKの園芸番組などを観ていると
「素人には無理かも」と平気で講師が言ってしまうくらいだ。
その花が咲いた。
クリスマスシーズンに市場に出るけれど、
それはハウス栽培などで開花期をコントロールしているからであって、
翌年の赤と緑が街を彩る季節に間に合うはずもない。
おまけに素人園芸でもかなりレベルの低い我が家ときたことだから、
鉢を大きくするでもなく、土を換えて根をほぐすでもなく、
肥料を与えるでもない。
それどころか、仕事に追われて水遣りを怠ることもしばしばだったのだから、
くたくたに葉がうなだれてしまう姿に何度あわてたことか。
実際、僕は以前に栽培農家の直販で買ってきた鉢を
幾つも面倒を見たが、翌年から決して花を咲かせることなく、
3年ほどして葉もつけなくなり枯らせてしまっている。
実家の事情で帰省して長く家をあけている家人から養生を頼まれたものの、
まるで期待をせずにつきあってきたが、
地震の直後から葉の中よりおもむろに花が首をもたげ、咲き始めた。
シクラメンにとっては相当過酷な環境であったに違いない。
それでも花を咲かせた力に驚いた。

思えば、かつては僕の家にも花が沢山あった。
寝室に満ちた花の香に包まれて眠るやすらぎ。
葉野菜と鑑賞花を寄せ植えにした目と口の愉しみ。
何年も僕の生活を豊かに彩ってくれていた。
そうしたものがやむなく家業を継いで社長になったとたんに
不思議に枯れていき、どうやっても長持ちしない。
それでもと何度も試み、どれだけの草木をダメにしたことか。
サボテンやエアプランツすら枯らすのだから、もう完全に異常。
あげく空っぽの植木鉢ばかりがベランダに躯をさらすようになった。
当時の僕はその不思議に答えを見つけられなかったけれど、
今思えば、自分の無力と胸の空白に向き合う中で
気持ちがすさみきっていたのだろう。
それが植物に写ってしまっていたように感じる。
会社を畳んで2年半。漫画家になって2年。
ようやく自分で花を育てられる心にまで
立ち直ったのかもしれない。
それには友人や周囲の支えと励ましがあったからだし、
それは決して忘れない。
一人ではとても困難だったと思う。
例え絶望で目の前が真っ暗でも、
きっと立ち上がって、花を咲かせることはできる。
今の僕ならそうきっぱりと言える。
そして枯れてはいっても、花々は僕に力を与えてくれていた。
枯れるたびに僕の中の重さを溶かしてくれていたように思える。
その小さな犠牲と、美しさも僕は決して忘れまい。

花の季節だ。
埼玉の田舎と違って、植物の少ない荒川区だけれど、
ユキヤナギの白い尾の様な可愛さや
ボケの朱の輝き、
ハクモクレンが空の青に白く抜ける様がそれでも目に入ってくる。
そして桜も満開した。
花見は自粛みたいな言葉が聞かれるけれど、それは間違っていると思う。
こんなときでも花は咲く。
花はきっと鬱屈した人の気持ちに違う風を運んでくれる。
ならば花を愛でよう。
今こんなときだからこそ花が必要だ。
そう思うことでやっと抱えた絵にも道筋がつけられた。
絵描きの僕がするべきことと一緒に。

Ouen1

|

« 虚数霊3巻発売になります。 | トップページ | うわわ、4月はあっという間だー »