夏の報告 1
なんだかずっと忙しい。
なのでなかなか日記の更新ができないでいたけれど、
9月になってしまったし、この8月のことを少し続けて更新しようと思う。
今抱えている仕事が毎週提出の要があるものなので
毎日といかない場合はご海容のほどを。
前にちょっと触れた「江刺追分~レクイエム」のチャリティ無料コンサートが企画されていると知って、
http://esashioiwake.com/pg70.html
8月11日の夕、聖路加病院のチャペルへ出かけた。
入場料はなく、寄付金がそれに当るという。
早めに受付に赴いて支払おうとしたら、受付の人が「お申込は?」と返してきた。
意味が分からず尋ねると、このコンサートは電話申込が必要だという。
会場のキャパなどがその理由なのだろうけれど、
上記のURLを見る限りではそこにまったく触れていない。
「チラシ」と書かれた部分をClickすると、
画面の隅に小さくそのことが触れてあったのに後で気付いた。
別にこの音楽プロジェクトに関してはある程度理解しているつもりだったし、
会場や時間、演奏者も書いてあるし、わざわざチラシなんてとりわけ目を通す必要はない。
この件は僕の不注意もあろうけれど、webの情報の提供にも根本的な過失がある。
受付の人はチャペルのガラス扉の背後にある待合の席で聴くことはできると言う。
そこで文句を言ってゴネても、なんだかチャリティの感覚ではなくなってしまうし、
帰るのもやはり自分の中で被災地支援という筋が通らない。
おとなしくその待合で聴くことにした。
どうやら僕と同じような不注意者は10人ほど。
設営側はこうした不注意者の席を30程度用意してあったが(モニタ受像機まで設置して)、
それってどういうリスク管理からでてきたのだろう。
つまりwebの告知に不備があるっていうことを意識してたってことなのかな。
開演したコンサートは素晴らしかった。
江刺追分以外にも
主宰の廣田丈自の楽曲や、M=ロッシのトッカータ7番、アルビノーニのアダージョ、子供の合唱曲など
90分に盛りだくさんで楽しめた。
最後のキリスト教の祈りに付き合う道理は僕にはないので、
受付に寄付金を支払って、いざ帰ろうとしたら、
ガラス越しに見えるチャペルの最後尾で立ち見で聴いている何人もの姿がある。
そのほとんどがスタッフ腕章をしてる。
どういうことなのだろう。
会場の中にいる客と、会場外にいる不注意者とその志のどこに違いがあるのか。
その10人を放っておいて、スタッフが役得で楽しむチャリティイベントって変じゃないかな。
僕はかつて多くの講演や宴席などを企画設営したけれど、
設営側はお客様の二の次三の次っていうモラルを叩き込まれてきた。
明らかに10人以上は立ち見で入れる余裕があるのだから、
「立ち見ですが中でお聴きになりますか?」と尋ねるべきじゃないのかな。
だのに無視して自分達が楽しんじゃう設営っておかしいよ。
更にはその立ち見の背中の中には
演奏途中で席を立って姿が見えなかった不注意者の一人もいた。
この人も「自分さえよければいい」ってことなんだ。
その魂のどこが被災地で苦しむ人への思いやりを語るんだろうか。
この立ち見の可能性に気づいたなら、
志を同じくしてもあぶれた人に声をかけたり、設営に折衝するものではないのかな。
なんかそういう人のエゴにも触れてしまって複雑な気分で会場をあとにした。
風邪をひいた。
幸い熱はなかったのだけれど、扁桃腺を腫らせてしまい、
咳が激しく続いて息ができなくなるような状態になって、慌てて医者に行ったけれど
かかりつけを含め多くがお盆の夏季休暇に入ってしまっていて、受診できない。
その日はまた咳で眠れない夜をすごし、
翌日、訪ねた別の病院もまた休診。ただ、偶然顔を出した看護婦さんが
「どうしました?」声をかけてくれ、開いている病院を紹介してくれた。
こういう人の善意に触れると、僕はその善意をお返しするように
また誰かのためになにかしてあげたくなる。
「待たされた」は正確には妥当な言葉じゃない。
13日のコミケ二日目で初売りの「ロボと少女(仮)」DVDの会合をという示し合わせで、
前日の17時に約束していた。
製作者の田中さんから、モノレールで移動中で少し遅れるから
同宿になる人と落ち合ってから集合時間を決めて知らせるとメールがきた。
それならばと、待ち合わせ場所には僕の家から25分ほどかかるので
予め時間を鑑みて連絡をして欲しい旨を返信しておく。
で、それから1時間近くたっても連絡はない。
東京アメッシュで見ると雷雲は近づいてくるし、
スタッフに渡すべき印刷物の束もあったので、濡れてはいけないからと、
18時には待ち合わせの最寄駅についていた。
そこで1時間待ってもやはりまったく連絡の気配もなく、メールを打っても返事がない。
もしや事故でもと、その夜一緒に会合する予定のアオキ監督宅に電話をしたら
その電話先に女史はいた。
僕が風邪で体調が悪いだろうから、会合は来ないでもよいからと
連絡しようと思っていて、監督と会合をしているうちにスッカリ忘れていたそうだ。
で、それでは僕が彼女に依頼された印刷物を渡せなくなることも
まったく思い至ってない感じ。
携帯やメールの時代になって、
こういう不用意な待たされ方はなくなったと感じていたけど、
まだまだ根絶されてなかったのには妙に新鮮に驚いた。
注意すれば反省も謝罪もしてくれる人だけれど、
すぐにまた同じ過ちを繰り返すのも間違いない人でもある。
だから怒る気にならず、ただただ呆れ顔で苦笑した。
彼女が粗忽者というのは前の日記でも触れたけど、
それを分かっているからこそと、
翌13日の午後早くに14日のための前日搬入についての注意と
僕が17時まで映画を観てるので連絡がつかない旨を
予め携帯へメールで知らせておいたのに、
上映後に携帯の電源を入れたら、田中さんからの着歴が何件も通知されてきた。
またもまったく僕のメールをチェックしてなかったのね(携帯から電話はかけるのに)。
もう、こちらの配慮の更にその上をいってくれる粗忽っぷりだから、
凄いなぁともう感心してしまった。
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