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2011年9月16日 (金)

コクリコ坂だよ

好きだっていうのはいつでも勇気がいるもので、
しかも理由をあれこれつけるほど野暮になる。
素敵だなと思うところを伝えればいいんだろうけれど、
それほど素直でもない。
ああでもそれは別に歳をとったからじゃない。
昔からだ。

「コクリコ坂から」はけっこう好き、とかじゃない。
大好きかも。
今年はなかなか映画を観ていない中での一番なだけでなく、
この数年のアニメの劇場映画の中では
マイマイ新子と並んで大切な作品になった気がする。

劇場は渋谷のTOHOシネマ。
座席はいつものシネコン風。
画面はデジタル上映でとてもシャープで鮮やかだった。
ジブリの彩色はビビッドなものが少ない分
柔らかい色の奥行きがしっかり見えてけっこう合っているのかも。
見切れ過ぎるのも、粒状感がないのも
絵に表情や曖昧さがなくなって味がないともいえるけどね。
平日の16:30の回はそれでも30人は入っていたかな。

原作は知っていたけど未読。
映画のお話自体はそんなに複雑でもなんでもない。
出会った二人の過ごす時間と心の内、そしてささやかなれど強い決意と行動。
しかもどちらかと言えば舌足らずなくらいにしか語られない。
物語に織りこまれたシーンも、ドラマの根幹へ訴求する明確な強さを主張しない。
またシーンで示された情景は伏線として回収されるような脈絡を持たせられてない。
あっと思えば通り過ぎ、そこから受け取った何かが
既定されたパズルのピースではなく、撒いた花びらのように隙間を作りながら
折り重なって曖昧に面積を埋めていく。
タイトルに用いられたコクリコ坂でさえ、象徴性すら与えられてはいない。
ないないないと、言葉が連なるようなドラマツルギーで編まれた
こんな宮崎ジブリ作品って僕は知らない。
(どちらかと言えば高畑勲監督のタッチに近いと思う)
去年の「アリエッティ」という中途半端な作品も実は物語性への強い回帰思想が満ちているし、
従来型のジブリ映画たろうとする根が透けて見える。
少女漫画を同じく原作にもつ「耳をすませば」も
監督は近藤喜文さん、脚本が宮崎御大という似た図式なれど、
少女漫画という特性とジブリ映画の常套句が調和しきれておらず、
冒頭の好感度が最後はグダグダで無残な失笑に終わる。
「コクリコ」はそれらと明らかに別種のものだ。
これまでに培ったもの、これまで足りなかったもの、
それが初めて出会ったように感じる。
なにもかもが詩美的に美しい。

この映画は色んな偶然が作り上げたような気がする。
しかも必ずしもポジティブな要素ばかりではなく。
あの酷い映画。二度とは観たくない「ゲド戦記」の監督と脚本家。
その監督の父親への激しいコンプレックスと否定的な心情。自分への焦燥。
少女漫画というものをまったく肯定的に理解できない御大の誤ったイメージ。
その御大の脚本を書くことにおける低い経験値。
御大の存在自体が、息子へも組織へも枷になるほどプレッシャーとして肥大した環境。
ジブリという有能なれど組織論として末期的な老化現象を抱えたスタジオ。
傀儡でも無能でもかまわず事業承継と興行性を第一に目論むプロデューサー。
もうどこから見ても最低な状態にしか感じられない。
ただ、逆に良好な人間関係、恵まれた才能、有能なスタッフ、素晴らしい努力があっても
名作が生まれるということは約束されない。不思議なことだ。
製作にまつわるNHKのドキュメンタリは観た。
あのプロデューサーだから、どこまで真実なのかは判らない。
編集された映像はどこまでも、
作品を売るために仕組まれた鈴木氏のイメージに基づいていると思うから。
ただ、恥ずかしげもなく最低の人間関係が露出されている。
(アリエッティのときも組織の酷さが露見していた)
歩み寄りを許さない許せない、煮え切らない距離感。
二人の脚本家の個性の差。
少女漫画という4次元的心情表現のスタンスと
監督の父親的・ジブリ的な表現への懐疑性と自己主張。
稀代の演出家たる父親からのヒントとイメージ。
だが、そうしたものが不思議な着地点を見出したのでは、としか理解できない。
つまりこの先、このような作品を創れるのかは保証されないだろう。
そしていかに背景が醜悪でも
映画は映画として、作品だけを観てあげなければ可哀想。
そして僕はこの作品が好きだ。

抑制された台詞と演技設計。
物語を通り過ぎながらも、人として背景も筋も感じさせる登場人物。
何気ない場の存在感を語るに十分な間。
どこまでも誠実に描かれた道具や街の姿。
日常音のかもす臨場と、光の作る息吹。
ノスタルジーに支配されない昭和30年代末の社会の陰陽。
賑やかしではないチェイスシーン。
犬や猿のように騒ぐことしか知らない現代の若者像を語るドラマとは
異なるメンタリティを抱えた時代の人の背筋。
「坂」とは裏腹に緩やかで、うねりをもたされたストーリー構成。
こんな映画、ジブリではいままでなかった。
僕が観たかったアニメの姿の一つ。

僕はバンカランゲンな学校の気風をまだ感じてこれた世代だから、
あの学校の生徒たちが安直なファンタジーでもご都合主義な理想化でもないことは分る。
僕も浦和市での高校時代、旧い木造校舎の取り壊しで部室を追われ、
戦後まもなくNHKのど自慢がラジオ中継されたという木造モルタルの「講堂」の2階を
文化祭の廃材などで間仕切りし、雑居の部室を作った経験がある。
(ベニヤの壁1枚向こうの隣では、松井秋彦がよくギターを弾いていたものだ)
JAZZを聴き、個性的な先輩と漫画を語り、バカをしでかし、怒ったり笑ったりしていた。
学生自治という言葉も褪せてなかった。
鉄筆でガリをきって、新聞を作ったりしたものだ。
人によっては理想化していると批判もあるだろうそんな場面達を肌で知っている。

豪傑で知られた徳間康快社長は確かに神奈川の学校の理事をしていたようだけれど、
原作も出てくるのかな。
あの人を理想化しちゃうのはねー(笑)。別の意味でしっかり凄い人だしなぁ。
廊下に「アサ芸」のポスターが貼ってあるってのが、一筋縄でない暗喩なのかな?
建替え前の新橋のあの社屋は友人の編集者の中には出入りしていた人もいるはず。
40年代まではまだどこの駅もあちこちに闇市の名残や水溜りや暗がりが残っていたものだった。

どこもかしこもお定まりの了解済みで
記号や約束や鉄板やネタや型やルーチンを仰ぎ尊ぶものばかりで
食傷気味になっていた僕には、
人を描き人を語ること、空気感と場を描くことにちゃんと触れられた時間だった。
不覚にも泣いてしまったのは、
俊のことを問うて泣き崩れるメルに、言葉を呑み込んで背を抱く母親の表情を見たときだった。
押し付けがましくなく、静かで美しいシーンだなと思った。
もう1回くらいは劇場で観ておきたいな。

そういえば劇中で唄いだす手嶌葵の声だけは違和感があった。
あの時代、ああいう歌唱スタイルは今と違って貧相とされて出番がなかったし、
先陣を切るメンタリティは与えられてないと思う。
営業的な臭いがしてあそこはマイナス。
主題歌など手嶌の歌が嫌いというわけではない。

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