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2012年2月

2012年2月29日 (水)

ヤマト抜錨

漫画・宇宙戦艦ヤマト2199の連載第1回が脱稿した。
去年は夏からこっち、ヤマトのアニメの設定をずっとお手伝いしていたので
久々に描いた漫画ゆえ反省点も多い。
自分の能力や稼働性のイメージや思惑と実態のズレから、工程に見誤りも多かった。
それで結果的にスケジュールがおしてしまう。
ネームとして、従来の自分から飛躍が足らず、
もうちょっと魅力的なシーンや構図が欲しいと思う。
アシスタントさんの使い方や作業システムも曖昧さがあった。

これまでの連載経験では
線画の作画は自分一人で背景まで全部こなして1日に4~5Pのペースだったけれど、
今回は前半に戦艦が頻出するため、1日3Pになってしまい、
1週間で7枚の目標進行との誤差が出た。
63Pなら2週間少々でできると踏んでいたが、3週間を費やしてしまう結果に。
友人の漫画家・松田未来さんからは「メカを甘く見ちゃいけない」って散々忠告されていたのに
僕ってバカ。
ネームは今回、頁5コマをMAXの基本に切ったりして
印刷時に縮小されても温度を下げないように努めたのだけど、
構図やテンポとして、今一つ自分の殻を壊しきれなかった。
カサハラテツローさんの「ザッドランナー」を読んでいると、
その構図の発想の柔らかさ、そこに込めるドラマの巧みさが羨ましい。
玉盛さんのレイアウトを見ると空間の広がりとかっこよさが光ってて参っちゃう。
この数年家にこもっての仕事ばかりなので、
何か大きなものを見たり、視点をあれこれ振り増しながら風景を眺めて
大きさや空間の感覚とか更新しないといけないなと思う。
野上武志さんのネームのリズム感もおさらいしたい。
逼迫する進行の中で、
お友達に一部の背景や戦闘機を描いてもらったものの、
リテイクを繰り返したりしても、
イメージの刷り合わせや、相手の作業やアウトプットにつき、僕の理解がなかなか適わず、
結局は殆ど自分で描いたり、ホワイトてんこもりで修正してしまった。
(オイラ何をやってるんだか…)
トーンワークなども今回からご近所様の友人の奥様にお手伝い願っているのだけど、
相手のスキルの把握や指示の与え方の感覚も人によって異なるし、
なにより作業工程と艦橋に関する感覚が違うから
いささか煩雑になり、動揺させてしまった。
有能な人で基本は大助かりであるがゆえ、
違和感や不安を減らしてあげて、力が発揮できるよう、
一定の筋道を通した作法を示せるよう確立していかないと。
キャラも結城にいちゃんの絵に似せきれず、結局、僕の絵になっちゃった。
というか、古代君あたりは絵コンテの出渕さんの絵に似ちゃったってのがトホホなオチに。
なんかロードス島とかルーンマスカーみたいな顔だよ。わはは…。

初回はインパクトをという編集部との企図から臨んだ63Pのボリュームは大変だったけど、
ともあれ、同時に反省点という収穫があった。
また、コミカライズの制作艦橋として僕が描きやすくなるよう、
製作委員会も好意的に動いてくださっていて、ありがたい限りだし、
丸善書店など漫画の書店員さんたちもNA誌とヤマトを推していってくれるとのこと。
(COMIC ZINさんもそんな気配)
アニメ制作のXEBECさんも設定でお世話になったから、とても友好的で協力的。
そうした良い話も多い。
僕も周囲のヤマトへの気持ちに応えていきたい。

僕の漫画は、基本はアニメの絵コンテには無い構図や絵で構成してる。
設定的に背景が絵コンテ合わせで1ショットしかないようなものは
どうしても同じようなレイアウトで描かざるを得ないこともあるけれど、
漫画版としての視点を大事に、漫画を読む楽しみのあるようにしている。
エピソードの構成や取捨選択も自分なりに工夫しているし、加えてもいる。
キャラの性格設計や人間関係も少し変えた視点でアプローチを試みている。
相変わらず、定規を殆ど使わないフリーハンドでメカも背景も描いてる。
砲門やレーダーの円ですら、グリグリと手描きだ。
その無骨さとか、線の温度とか伝わったらいいな。
描いていて思ったのは
ヤマト2199の漫画は僕しか描けないかもっていう感覚を持った。
自慢ではなくって、自分で描きたいヤマトの漫画の形とか理想像みたいなものを
自分でこうして描いていることで得られる心象なのだろう。
それは周囲からそう言われなくたっていい。
自分の中で十分。
それは漫画を描くモチベーションにつながる大切な気持ちの一つなんだから。

Y01_11

で、それを20時半に納品して、
21時過ぎから催された「ヤマト2199」のマスコミ試写に潜り込んできた。
監督御自らお出迎えをされていて、びっくり。
4月から上映される仕様の1話2話を上映してくれた。
18日に読売ホールで催された試写イベントには、
漫画を描いてて参加できなかったのは残念でならないけど、
脱稿して、こうして観られて良かった。
スクリーンを見上げながら半べそかいてしまった。
最近はすっかりアニメっ子な僕だけれど、
昨今の作品にはまったくない、独特の温度を密度を持ったドエライ作品に仕上がっていた。
ガンダムとも違う。
僕らの世代向けとも違う。
深い所で何もかも腰の据わった、それこそ40年物の古酒のような
誰が呑んでも美味いって言える味わいがあると思う。
監督が口にする「最大公約数」って言葉に改めて合点がいった。
実は正直、キャラの作画などには不満がある。
(良い絵もあるけど)
でもアニメとしての底力が迫ってくる。
ドラマや構図だけでない、タイミングや動き、声や音楽、美術や撮影など
そうした総合力に圧倒される。
(遊星爆弾の落ちる赤い地球の外縁にある青い色彩と音の美しさは筆舌に尽くしがたい)
アニメってこういうものだよなって思う。
エンドロールに僕の名前もあって
小学生の頃に初回放映で虜になって本当に夢中になったあの艦に
まさか自分が乗艦するとはという気持ちになった。
船は人の世代を超えて存在するもの。
人の想いを乗せて次代へと継がれていくものなんだ。
この作品を観た人が、心に残る何か 気に入った何かがあったなら
いつかこの艦に乗ってもらいたいな。

で、今日はストライクウィッチーズの劇場配布されるイラスト集に収めるカラーを描く予定。
ヤマトが済んだら、おぱんつ様って なんてことー。

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2012年2月10日 (金)

宇宙戦艦ヤマト2199

僕の新連載のタイトルです。
そう、ヤマトです。
3月10日発売の角川書店「ニュータイプエース」誌にてスタートします。
2月発売号vol.6の誌面で情報解禁となり、
アニメの公式web等でも告知がされると思います。
初回は63頁というボリューム(なぜか奇数ページだ)。
現在、ネームにOKも出て、一人でこつこつ執筆の真っ最中です。

Illust01b
思い返せば、
ヤマト好きが高じて
1999年にヤマト発進200年前記念に本を出そう!と僕は自身で企画を温めて、
幾人かの編集者、出版社にもちかけていたのが始まりのように感じます。
その頃の僕は編集者ではあっても業界機関誌が仕事で、一般誌は扱えていなかったので、
企画を持ち込むことしかできなかったのです。
結果はスタジオDNA(現・一迅社)から発刊された
「宇宙戦艦ヤマト-遥かなる星イスカンダル-コミックアンソロジー」がそれになります。
ただし、当時の社長(現・会長)の嘘と独走と策謀のため、
担当編集さえ知らないうちに物事が決められ、
僕に知らせられぬまま当初案とはまったく違った形にされてしまい、
自分としては無念ばかりが残りましたが、
そこに自分の描いた漫画だけは収まりました。
そのやり場のない気持ちが仲間を募ってアマチュアリズムとファンジンという形の同人誌で
発表を続けたりするきっかけになったのです。(これは4冊出ている)
http://www.mandarake.co.jp/zin/male/contents/yamato/index.html
この同人誌では本当にヤマトが大好きな人が集まり、
そこでは僕の想像以上の大きなものが
人のつながりとともに未来にむかって育まれたように感じています。
そんな折、ディアゴスティニのヤマトファイルの立ち上げに声がかかり、
無償で全50冊分の構成を作ったりしましたが、それも企画が頓挫。
そうしたら知らないうちに再開していて、なぜか蚊帳の外に。
数年前より出渕監督からちらちらとお話は聞いていた今回のアニメ作品「ヤマト2199」も
角川ではない出版社にてコミカライズの企画が起こり、
その執筆者の候補に指名いただいたものの、
それも昨年の春過ぎには凍結状態に。
(友人の井上純弌が僕が連載すると以前にTwitterでつぶやいたのはこちらの企画のこと)
つくづく自分には商業ベースでのヤマトに接する縁がないものだと思っていました。

「コミックフラッパー」誌での自作の連載も終了してふらふらしていた昨年夏に、
出渕監督から、助っ人として入ってくれとの依頼を受けて
「ヤマト2199」の設定のお手伝いをすることになったのは
以前の日記にも少し触れました。
アニメの仕事は初体験で最初は勝手がわからず戸惑いましたが、
自分の持てる能力のどこを活かせばよいのか、
そして着想のスタンスが明確になってからは
提出する設定にも筋が通ったものになったとは思います。
監督からも「助かってるよ」とのねぎらいをいただき、
その意味では、ヤマトの「仕事」で初めて良縁に恵まれた時間だったと思います。

角川での今回の新連載は
富士見書房「月刊コミックドラゴン」誌で連載を持っていたころに
お世話になった編集者さん(現在は角川のアニメ部門)からの連絡が最初でした。
僕がヤマト馬鹿の一人だって昔からよく知っている方で、
NA誌の編集長との会合をセッティングしてくれました。
自分の作品を示したり、いろんなことを話して、
そうして僕にお仕事をいただけることになりました。
アニメの設定に関しては今年1月頭まで提出物があったので、
漫画に専念できるようになったのは半ばからでありましたが、
こうしたこのタイミングで
「ヤマト2199」のコミカライズを担うことになったのは
自分にとってよかったと思っています。
それは出渕監督を筆頭に、
現場で作品を創るために尽力している多くの方々を知ることができたから。
その情熱や想いに触れることができたから。
メディアミックスは相補関係、相乗関係で事業規模を大きくしていく
商売の方法論である。
だけど僕にとっては違う意味もあるのです。
それは僕の描く作品で
「ヤマト2199」というアニメ作品とそれを作っている人たちの努力に
エールを送ることができるってこと。
自分のためではなく、誰かのためにというキッカケがあると僕は頑張れる性分で
とりわけ縁のある人たちがそこに思い描けるのなら、
いつもよりも力がみなぎります。
その意味で、特別なタイミングなのです。

僕の記憶に残るコミカライズ作品は
アニメをそのままなぞるではなく、漫画ならではの趣向が息づいています。
なので本作もそんな漫画になるよう
僕は自分の作品としての表現をここでしていこうと思っています。
それが同時にエールであり、スタッフへの讃辞であり、
そうした想いが結集する原典への敬意であるとも考えるので。

面白くなるよう努めていきますゆえ、どうぞ愉しみにしていてください。

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2012年2月 2日 (木)

盆栽と侵略

連載の作業に入り、
あまり筋道の通ったまとまった文章にならないかもだけれど、
仕事の合間に手短にメモのような感じで。

僕はもう10年以上前に梅の盆栽を持っていた。
桜よりも梅の花とその香が好きだから。
自分の育った家の庭の前には、果樹として梅の木が農家によって栽培されていて
減反によるあぶく銭で親子二代が放蕩をつくして、その一家が夜逃げ同様に離散し、
債権者に宅地分譲されてしまうまでは、
毎年春には白い花を咲かせていた。
実家を出て一人暮らしをするようになり、
植木をいじり始めるようになったごく浅い時期に買ったのがその梅の鉢だった。
温かいマンションの室内にあることもあって、
正月には花を咲かせて、
寝室である和室に置いて襖を閉めておけば、
就寝時には部屋中が梅の香に満たされて、
寝るのが愉しみでしかたがなかった。
盆栽を学んだことはなかったので、
針金で枝向きを整形したり、土や鉢に凝るということも出来なかったけれど、
花期が済んで剪定をするときの鋏の入れ所は
つまり想像力なんだと判ってからは、
面白さも増した。
10年近く手を入れてきたのだけれど、
残念なことに海外旅行をしている際に、誤って枯らせてしまった。
以来、いつかまた梅の盆栽が欲しいなと思っている。

30日の夕食時に観たNHKの「クローズアップ現代」で
欧州を中心にした盆栽の人気と
海外に活路を見出そうとする日本と欧州の業者を特集していた。
盆栽に集約される日本の美意識と自然観が欧州に浸透していく流れと、
現地の業者の発想と取り組みは
日本国内の盆栽の不人気や無理解、コスト主義と価格下落と対照的で
陽と陰を映すようだった。
20年近く前にイギリスを旅したとき、
書店や植木店には日本庭園や植栽を紹介する指南書がけっこう並んでいて、
盆栽を受け入れる素地はこうして出来ていったんだなと思い出したりした。
クロード=モネが庭に日本風の庭園を築き、
その池に連作のテーマになる「睡蓮」を植えたのは有名な話だが、
そうした美意識、美感とともに、
それを伝道し市場を押し広げる業者の思惑と商才、
そして長い時間の努力があったのは言うまでもない。
日本の文化の極地とも言えるものがこうして海外に浸透していくことは、
大概の人は誇りをもって鼻高々に良しとするのだろう。
だけどこれって「侵略」じゃないのかな?

なんだかネットでもどこでも、
中国だ韓国だと文化侵略だなんだと騒いでいる人が多いけれど、
じゃあ、日本がこうして海外に業者が推して文化を蔓延させるのは否定しないんだ。
おかしいんじゃないかな。
卑怯じゃないかな。
自分は良くて他人は駄目なんだ。
そして逆に欧米からの文化流入は是認・黙認して、アジアは駄目なんだ。
アジアの文化はそんなに卑しく、低レベルなものなのかな。
そんなことはない。
その土地にはそこの歴史や風土で培われた特殊性を持つ立派な文化も哲学もある。
日本文化だなんだと声高に守旧する人ほど
実は日本の文化伝統に全然触れてない人が(特にネットで声高な人には)多いと思う。
武道でも芸術でも芸能でもよい。自らの文化に正面から向き合えば、
他国の文化を容易く卑下することなんてできない。
きちんと尊重するべきものだと思えるはず。
互いに影響しあい、交じり合って今ここにあるのだと判る。
そしてそれが人の営みと歴史の常であることも。

僕はどうもそもそも組織や国とかへの帰属意識が薄い人間なので、
(勤め人のときには随分たしなめれた)
組織や国境の視点や立場でモノを眺めたりする前に
自分という個であることに立脚してしまう。
そうすると外界は全部「他」であり、人も組織も国もみな同じだ。
つまり言い方を守旧派的に替えると、自分以外は全部「侵略者」になる。
だとしたらいちいち区別なんてしていられない。
もうそんなの「自分がどういう存在か」というところから侵略されて育っているし
じゃあ「そこで自分がどんな感受性なのか」を見つめるしかない。
侵略されてたって、物心つけば他を選ぶことができる時代だし、
そうした悲喜こもごも、ものの移ろいを一歩引いた目で見れば
社会や文化が周囲に影響しあって変化するのは観ていて楽しいばかりだ。
その中に市井の人間として自分がいることのダイナミズムも興味深い。
昼餉に観たTVで北池袋のチャイナタウン化を特集していた。
日本にいる中国人の数は既に半島人を越えたそうな。
どこの国でも良い。どんどん混ざって、人はもっと先、次へ変わっていくんだ。
そうして失われるもの、生まれるものがある。
それが人だし文化だと思う。
逆にこの流れや変化が止まった時に文化は進化の袋小路に入り、その枝は死滅する。
抗う事すら既に化学反応だとも思う。
つまり守旧派も変化に加担する因子であることを自覚するべき。
ただ、あの国が嫌いだからという個人的偏見・偏重で、
人の世界と文化の流れを語るべきではないし、
であれば口先だけでなく、
守るべき自国の文化へ自らちゃんとコミットしてアクションをするべきじゃないかと思う。
だけど僕から言えば侵略も大量破壊兵器なんても存在しないので、
虚像に向かって大砲を撃っている様にしか見えないのだけどね。

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