« 17年 | トップページ | 宇宙戦艦ヤマト2199 »

2012年2月 2日 (木)

盆栽と侵略

連載の作業に入り、
あまり筋道の通ったまとまった文章にならないかもだけれど、
仕事の合間に手短にメモのような感じで。

僕はもう10年以上前に梅の盆栽を持っていた。
桜よりも梅の花とその香が好きだから。
自分の育った家の庭の前には、果樹として梅の木が農家によって栽培されていて
減反によるあぶく銭で親子二代が放蕩をつくして、その一家が夜逃げ同様に離散し、
債権者に宅地分譲されてしまうまでは、
毎年春には白い花を咲かせていた。
実家を出て一人暮らしをするようになり、
植木をいじり始めるようになったごく浅い時期に買ったのがその梅の鉢だった。
温かいマンションの室内にあることもあって、
正月には花を咲かせて、
寝室である和室に置いて襖を閉めておけば、
就寝時には部屋中が梅の香に満たされて、
寝るのが愉しみでしかたがなかった。
盆栽を学んだことはなかったので、
針金で枝向きを整形したり、土や鉢に凝るということも出来なかったけれど、
花期が済んで剪定をするときの鋏の入れ所は
つまり想像力なんだと判ってからは、
面白さも増した。
10年近く手を入れてきたのだけれど、
残念なことに海外旅行をしている際に、誤って枯らせてしまった。
以来、いつかまた梅の盆栽が欲しいなと思っている。

30日の夕食時に観たNHKの「クローズアップ現代」で
欧州を中心にした盆栽の人気と
海外に活路を見出そうとする日本と欧州の業者を特集していた。
盆栽に集約される日本の美意識と自然観が欧州に浸透していく流れと、
現地の業者の発想と取り組みは
日本国内の盆栽の不人気や無理解、コスト主義と価格下落と対照的で
陽と陰を映すようだった。
20年近く前にイギリスを旅したとき、
書店や植木店には日本庭園や植栽を紹介する指南書がけっこう並んでいて、
盆栽を受け入れる素地はこうして出来ていったんだなと思い出したりした。
クロード=モネが庭に日本風の庭園を築き、
その池に連作のテーマになる「睡蓮」を植えたのは有名な話だが、
そうした美意識、美感とともに、
それを伝道し市場を押し広げる業者の思惑と商才、
そして長い時間の努力があったのは言うまでもない。
日本の文化の極地とも言えるものがこうして海外に浸透していくことは、
大概の人は誇りをもって鼻高々に良しとするのだろう。
だけどこれって「侵略」じゃないのかな?

なんだかネットでもどこでも、
中国だ韓国だと文化侵略だなんだと騒いでいる人が多いけれど、
じゃあ、日本がこうして海外に業者が推して文化を蔓延させるのは否定しないんだ。
おかしいんじゃないかな。
卑怯じゃないかな。
自分は良くて他人は駄目なんだ。
そして逆に欧米からの文化流入は是認・黙認して、アジアは駄目なんだ。
アジアの文化はそんなに卑しく、低レベルなものなのかな。
そんなことはない。
その土地にはそこの歴史や風土で培われた特殊性を持つ立派な文化も哲学もある。
日本文化だなんだと声高に守旧する人ほど
実は日本の文化伝統に全然触れてない人が(特にネットで声高な人には)多いと思う。
武道でも芸術でも芸能でもよい。自らの文化に正面から向き合えば、
他国の文化を容易く卑下することなんてできない。
きちんと尊重するべきものだと思えるはず。
互いに影響しあい、交じり合って今ここにあるのだと判る。
そしてそれが人の営みと歴史の常であることも。

僕はどうもそもそも組織や国とかへの帰属意識が薄い人間なので、
(勤め人のときには随分たしなめれた)
組織や国境の視点や立場でモノを眺めたりする前に
自分という個であることに立脚してしまう。
そうすると外界は全部「他」であり、人も組織も国もみな同じだ。
つまり言い方を守旧派的に替えると、自分以外は全部「侵略者」になる。
だとしたらいちいち区別なんてしていられない。
もうそんなの「自分がどういう存在か」というところから侵略されて育っているし
じゃあ「そこで自分がどんな感受性なのか」を見つめるしかない。
侵略されてたって、物心つけば他を選ぶことができる時代だし、
そうした悲喜こもごも、ものの移ろいを一歩引いた目で見れば
社会や文化が周囲に影響しあって変化するのは観ていて楽しいばかりだ。
その中に市井の人間として自分がいることのダイナミズムも興味深い。
昼餉に観たTVで北池袋のチャイナタウン化を特集していた。
日本にいる中国人の数は既に半島人を越えたそうな。
どこの国でも良い。どんどん混ざって、人はもっと先、次へ変わっていくんだ。
そうして失われるもの、生まれるものがある。
それが人だし文化だと思う。
逆にこの流れや変化が止まった時に文化は進化の袋小路に入り、その枝は死滅する。
抗う事すら既に化学反応だとも思う。
つまり守旧派も変化に加担する因子であることを自覚するべき。
ただ、あの国が嫌いだからという個人的偏見・偏重で、
人の世界と文化の流れを語るべきではないし、
であれば口先だけでなく、
守るべき自国の文化へ自らちゃんとコミットしてアクションをするべきじゃないかと思う。
だけど僕から言えば侵略も大量破壊兵器なんても存在しないので、
虚像に向かって大砲を撃っている様にしか見えないのだけどね。

|

« 17年 | トップページ | 宇宙戦艦ヤマト2199 »