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2012年4月

2012年4月18日 (水)

大友克洋GENGA展に行って見た。

野上組のアシ仲間の もっちーが今話題の「大友克洋GENGA展」に行くということを聞き付け
先日ご同道させていただいた。
http://www.otomo-gengaten.jp/
というかこの展示会、
LOWSONのチケットシステムを利用しての完全予約型の公開で
クレジットカードを持ってない僕はそもそもこうしたシステムには縁遠いのと、
LOWSON自体が荒川区には殆どないので、
自分にとってはもの凄く扱いづらいシステムになっちゃっていて、
観にいくことを諦めていた。
その矢先であったので、チケットまで一緒にお願いして、なんとか観覧にありつけた。
まったくもって、もっちーありがとう。
なので、自分の漫画連載の作業は一時中断して
おっとり刀で末広町の会場へ。

会場は元中学校の校舎を利用したギャラリースペースで、
その1階展示フロアをほぼ全て利用しての展示。
平日の初回入場ということもあって
(予約型のチケットなので、入場時間に指定がある)
そう混雑することもなく、午後の入場までの4時間はゆっくり納得できるまで眺められる。

もっちーと僕はなぜかいきなりエキサイトしてしまって
順路を辿ることも忘れて目に入った「AKIRA」の表紙のカラー原画に誘われるまま、
その全原稿の展示へ吸い寄せられる。
全6巻の生原稿 ン千枚がほぼ揃って飾られているのだから圧巻。
並びは各巻毎だけれど、一枚一枚の順番は微妙にシャッフルされている。
というか、全部並べるっていうイベント性が優先されて
全部見るには見づらい陳列なので、こちらは大変。
それでも生原稿の名場面やその筆致を追いかけて
ケースを覗き込んだり床を這ったりとエクスプローリング。
原画はやっぱりもの凄く勉強になる。
自分の原稿をストップしてもくる価値があった。大収穫。
っていうか凹みそうになるほどの圧倒的な原稿だった。
とにかく描写が細かくて、正確にして丁寧。
密度も尋常じゃない。
原稿のフィニッシュまでを見通した感覚が実に遠くまで届いている。
精密な制御で描かれたペン先と即興性に富んだ勢い筆致が相まっている。
手癖で描いてない。
そしてホワイトの修正が少なく汚れてない。
アナログ原稿と昨今は呼ばれる手描きとスクリーントーンの技法の集大成が
そこにはあった。

友人のところでアシストをしたりしながら、
僕の線や漫画は比較的細かく描写している方だと感じていた。
周囲からも細かいと言われることもあったからだけど、
僕の描写なんて「AKIRA」の原稿の半分以下の密度しかない。
印刷物になると、そのスケール感がいささか判らなくなるし
デジタルの時代はなおさらにその大きさの感覚が作業上、意味をなさないのだけど、
人がどの程度の面積にどれだけの線を描いているのか、
まさにその違いを今回見せ付けられた。
僕がヤマトで描いてる背景なんて子供の遊び程度だ。
もちろん画風も違うし、アシスタントを含めた作業体制も違う。
僕は可能なパフォーマンスで精一杯描いているから、
凹んだりはしないけれど、
でもこの高みを目に焼き付けた後は、自分の中での目標が変わる。
なおいっそう、自分に厳しくやっていこう。
また、トーン作業をデジタルに移行してから忘れていた
アナログとしての表現の多くに触れて、その意味を問い直した。
それが持つ効果や意味の計り知れない豊かさを。
だからといってトーンワークをスクリーントーンの切り貼り作業に戻す気はないけれど、
あの表現をデジタルでどう表現するか
色々と考えさせられた。
いくつかは実現イメージができたので、今の連載に活かして行きたいと思う。

この生原稿の展示は「AKIRA」を通読した人なら分ると思うけれど、
長い期間の連載で筆致が大きく変化していくのも追える。
自分的には3巻くらいまでの筆致に惹かれる。
それは連載後半の類型・ルーチン化した人物の処理や、
バンドデシネの影響なのか均一な筆圧の線で描写を統合していくスタイルより
丸ペンによる精密さや、Gペンの抑揚、筆による即興性を備えた前期に、
僕の目指すものと重なる部分が多いからだ。
それは何より、モチーフを捉えて描くという生々しい感覚に溢れているから。
以前に浦沢直樹の筆致が大嫌いだと触れたことがあった。
それは全部「手癖」で描いているから。
それが週刊漫画を描くパフォーマンスとして求められる一つの極致だと
評価する人もいるだろう。
でも僕はいやだ。
石を描いても、布を描いても、機械を描いても、
ネコを描いても、魚を描いても、人を描いても、
山を描いても、木々を描いても、水を描いても、
全部おんなじ筆致ってどういうこと?
ペンってもっと豊かな表現力を有しているはず。
それをちゃんと見て、感じて、身に受けて、それを描写する感動は
絵を描くことの大切な存在意義であり、存在証明だ。
浦沢直樹の線はそれが無い。
とくにこの近年、目も当てられない。
お話がどうとかではない、線、絵は魅力ゼロだ。
というか僕にはその姿勢から受けるデメリットを換算してマイナスだ。
あの人にとって描く行為は、物語のためのツールや手段でしかないと思える。
描くことに心ときめかせることをなくした、「心無い絵」だ。
だからああいう手癖でペンを走らせた線は自分では絶対描きたくない。
自分がああなったら筆を折りたい。
その視点で大友克洋の原画を見たとき、
「AKIRA」の3巻までは、このペンで事物を表現しようとする意識の高さと野心をもの凄く感じる。
だから惹かれる。
以降は「スタイル」で事物の存在感を表現する方向に傾斜していくけれど、
そこでも、手癖の部分より、絵で表現する感動を優先している。
ゆえに自分は惹かれずとも、
長い連載下でもその情熱を失わないのは凄いなと思う。

展示は面積的・物量的にこれがメインで、
あとはカラー画稿や「童夢」などの旧い作品の生原稿の一部。
カラー画稿は見ればその工程の組み立ても分るし、
その発想はデジタルの時代にも応用ができる部分もあるのだけど、
肉筆の筆と水と絵の具と紙ならではの表情の魅力は、
デジタルでの彩色になれた目にも、やはり心が動かされてしまう。
画稿の大きさや筆致など、その制御と即興性は
手で描いたことのある人間にはたまらないものがあるのだ。
70~80年代の短編作品は、学生紛争の残り香が臭いほどあって、
ああこれも時代の空気だなと思いもするけれど、
その空気をいささか知っている僕でも、やっぱり恥ずかしいくらい。
でもその臭いをまとった作劇や絵が
いまどのように変化成長していったのかが追えるのも楽しい。

もっちーと「ああだこうだ」と意見や感想を交わしながら見ていたら
あっという間に3時間が過ぎていた。
こういうときに同じ仕事をしている仲間と見るのは
一人よりも実りが多いなと思う。
それぞれの着眼や興味で作品を捉え、言葉にし、それを互いに反芻し、考えを照らしあう。
自分ひとりで見逃してしまうようなことも、
興味をもって向きあえる。
実に楽しかった。
順路を違えて「AKIRA」の生原から観て正解だったかもと思う。
正しい順路で観たらあそこまでしっかり見る気力がなくなっていたかも。
その意味ではあの展示は観覧者のそういう生理もけっこう無視して
かっこよく展示することを優先するつたなさを感じた。
例えばAKIRAの原稿だって
原稿の間の隙間を利用して上下で左右互い違いにずらして置けばもっと観やすいのに、
上下に重なるように整列させてる。
演出の未熟だと思う。
図録を買おうかなと物販へ向かったら長蛇の列で、
それをかわすべく、一旦施設から出て遅い昼食をとってから出直したら
20分くらいの待ちで、物販スペースには入れた。
Tシャツをはじめ、クリアフォルダなど種々のグッズが売っていたけれど、
デザインはかっこよくてもTシャツの生地は薄く、堅牢さに疑問がある上で4200円。
グッズはあってもどうせ使わないので、購入はしないことに。
図録は立派で装丁も凝っていた。
エディトリアルはけっこうライブ感に溢れた感じに仕上がっていて、
一種のコラージュ的なレイアウトが殆ど。
絵、一点一点をゆっくり見ようという趣旨ではない。
なのでやめた。
っていうかこの展示会はそんなにライブ感なんてないのに、
なんでこの図録だけこんなにトンがってるの?
そもそもライブ的な部分を担う金田バイクとか、童夢のチョーさん壁のスペースなんて
まったりしちゃって緊張感も疾走感もゼロ。
どっちらけスペースと化してるのに、図録だけ疾走感はないわ。
それにAmazonでも買えるから、あとでなんとでもなる。
なので先に発売されていた画集「KABA2」を買う。
こちらの方が、カラー画稿をトリミング少ないままじっくり眺められるし、
値段も図録と大差ない。
ちなみに展示会で買えば、かっこいい紙袋に入ってくる(ここ重要)。
そのオマケで満足して本日は解散となった。

で、作品を観ながら思ったのだけど、
僕は大友克洋の漫画もアニメも
面白いと思ったことが殆どなかったのだった。
凄い描写だなと思うのだけど、ちっとも心に響かない。
「スチームボーイ」と「這いよれ!ニャル子さん」とどっちが面白い?と問われれば
「ニャル子さん」だと答える。
「ニャル子さん」だよ。(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!
(大事なことなので2回言いました!)
「スチームボーイ」、丁寧で凄いと思うんだけど、何も心にひっかからない。
いや、比較してはいけないのかもしれないけど。
(スプリガンとは比較していいカモ)

でも、たくさんの原画に触れて受け取ったものは
自分が描くという行為の中で大切にしていきたいな。
強制OFFにしてしまったけれど、とても充実した時間を過ごせた。
行って良かった。

だけど自分の原稿がおそろしく粗末に見えてきた。ヤバイ!

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2012年4月 6日 (金)

瀕死でも石でもなく

なぜか食中毒になり、ヘロヘロになって過ごした。
以前にかかったときはチベットの小国・ブータンのロッジだったのだけれど
あのときほど「このままだと死ぬかも」って感じがなかったのは
あのときよりやや楽だったのと(歩けたし)、さすがに日本国内だったから。
早々に病院で診断を受けて、そのまま数日グロッキー。
まだ復調してはいないが、少しは起き上がれるようになったので、
なにかそろそろ食べられるものを調達してこようと思う。
(ゼリー飲料とスポーツドリンクだけではね)
この3日間で3kg痩せてしまった。
今月はGW進行で連載の〆切も早く、
早々にプロットは送ってOKはもらっていたのに、ダウンして脚本にかかれず、
編集部に相談したら
頁数を含め相談にのってくれそうでありがたい。
来月号でもしページ数が少ないとか
中途半端なところでお話が終わっていたら
それは読者の皆さんにはひたすらにゴメンナサイ。

まもなく発売の連載2回目では、まだヤマトは発進しない。
ボリューム的に1回分30数ページではたどり着けなかった。
しかも2回目用に書いた脚本も消化できずに
6頁分ほどは第3回に持ち越し。
(つまり40ページ分の脚本だったのね)
工程への自分の算段、スケジュールと仕事量の管理の甘さだと反省。
それでも2回目のラストシーンは
それなりにかっこよくは出来たかなと思う。
この辺りは編集部とのやりとりに助けられていることが多い。
「ヤマト2199」の冒頭のお話は
旧作と大きく変わるところは少なく、
ドラマ部分のみが細やかにかつ筋道を通された形になっているので、
筋書きを話してもネタバレ的な部分はまだ少ないから
この連載2回目のラストについて、勢い触れてしまおうと思う。

ヤマトファンの中で恐らく昔から話題になっていたと思うのだけれど、
ヤマトの発進前の2話、波動エンジンがまだ始動していない段階で
ガミラスの空爆を受けるシーンにある沖田艦長の台詞
エンジンの動かない我々は**の狸だ」というもの。
ここの音が不安定で**の部分がよく聴き取れず、
また記録集などの脚本にも記載されていないから、
なんと言っているのか、色々解釈を生んでいた。
庵野監督はその自作の中でオマージュ的にこれを引用されていて、
「トップをねらえ!」では「艤装のすんでいない戦艦など『石』の狸」、
「ナディア」では「瀕死の狸」と言っている。
でも自分はこの二つはどうも日本語的にというか
意味的にしっくりこない印象を持っていた。
僕は長くヤマトファンではあるのだけど、
基本的には寒村で育った為に同好の士がおらず、一人ファンだったので
もしかしたらとっくにヤマトファンの中では
この**への正解が導かれているのかもしれないことを覚悟したうえで、
今回、自分なりの解答を敢えて提示してみた。
それは「エンジンの動かない戦艦など『擬死(ぎし)』の狸だ」というもの。
つまり「死んだふり」をするしかないように追い込まれた状態。
これだと意味もわりと通るし
瀕死でも石でもなく、納谷さんの発声・口調の中で許容される一つだと思うのだけど。

Y02_34c
(この頁で次回第3回へつづく!)

コミカライズはアニメ本編とは少しずつ違う解釈やアプローチを試みている。
この台詞もアニメのシーンには登場しない。
はたして読者はどう思うのかな。
明日はいよいよ「宇宙戦艦ヤマト2199」の公開日で、きっと多くの人がご覧になるだろう。
(僕がアニメで何の設定のお手伝いをしていたかもEDクレジットで分るはず)
そうすれば僕の漫画との違いが露わになるだろうし、
また評価も印象も変わるだろうと思う。
コミカライズ版もアニメとあわせて楽しんで読んでもらえたらいいな。

第2回の掲載号は4月10日発売予定。

とこれだけ文章が書ければ、脚本も書けるな。
まだ何も食べられないけど、
仕事は進め始めよう。

追記:
この日記を記したあとに氷川竜介さんからご指摘いただき、
現場で使用した2話の修正入りAR台本には「瀕死のタヌキ」と明記してあるそうです。
生前の石黒さんにもいきさつを確認されたそうで、
とても興味深いお話を伝授いただきました。
西崎さんのご提案による台詞だったそうですが、
その意味については亡くなる前に聞きそびれていたそうです。
それにしても氷川さんは流石にファンとしての大先輩であります。
ご指導に感謝でいっぱいです。

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2012年4月 2日 (月)

言葉に触れる時間

先日、連載の第2話を脱稿した。
原稿を描いていると、他のことが手につかない。 

朝の8時には起きて、9時には机に向かい、 
そのまま午前3時過ぎまでは仕事をしている。 
休日も無く、それだけの生活になっちゃって、 
あれこれ思ったりしたこと考えたことも、なかなか文章にしたりできないのがもどかしい。 

ただまぁそんなお陰で、
ほとぼりも冷めたような時期にゆっくり話題にできることにも、
また意味があるかなというものについて 

少し触れてみようと思う。 

3月10日辺りだったか、 
数人の友人があるニュース記事について批判的に触れていた 
埼玉県教職員組合が主催する国際女性デーの集会で予定されていた講演 
「さいたさいたセシウムがさいた」の表題への非難と中止について。 
もうすでにニュース記事自体が色眼鏡っぽい偏重があるのもあってか 
ダメ出しな論調になってしまうのはいたしかたなしとは思うけれど、 
僕はこの表題を悪いものとは思えなかった。 
なんだか皆、短い言葉を性急に判断して、批判したりあげつらったり罵倒したりと 
どうしてそう乱暴なのかな。 
そんなになんで急ぐのだろう。 
元埼玉県民として、 
またキャッチやコピー、見出しを考える元編集者、表題をイメージする講演企画者として、 
そして今は漫画家として言葉を意識する中で、この「セシウムさいた」を読んでも 
まったく問題を感じない。 
Twitterなんかのように「つぶやき」と称して、 
どうでもいい内容や、会話レベルのいい加減さで撒き散らす言葉とは根本的に異なり、 
表題やキャッチ、コピーの類は 
日本の定型文詩歌の伝統の上にあるような、含みと解釈を要するものだと 
僕は考えているし、そのように扱ってきたつもりだ。 
タルコフスキーが日本の定型詩を絶賛したのも、 
その少ない言葉に込めた含蓄の多様性普遍性、音の流れ、 イメージの再現性、
そしてそれを解釈し共有する日本人の感受性の深さに感銘したからだ。 
「セシウムさいた」ってなんでこんな言葉になったんだろう? 
それをまず想像してみることを、このタイトルはこんなに促しているのに、 
いきなり「不謹慎」だとか「風評被害者を思え」とかが前面に出て思考停止って
それは心が痩せすぎだよ。 
どうして相手の真意をちゃんと見てあげようとする気持ちが働かないの? 
なんでそんな即決して「はい、次の馬鹿はどこだ」って勢いのなの? 
もう少しだけ、ちょっとでいいので想像力を働かせる時間を持ってはくれまいか。 
そうするともっと多く豊かで芳醇な人の想いに触れることが出来て 
自分の心も豊かになっていく。 
逆にそれをしないと、世の中も感受性も殺伐とした荒地になってしまう。 

件の記事について、自分でも少し調べてみた。 
まずこの批判の根になったのは 
自民党・片山さつき参議院議員のtwitterでの批判からと目される。 
主催者が日教組っていうこともあるんだろうけれど、 
残念な感受性の国会議員ってのは国民の代表者になって語って欲しくない。 
最近の議員は言葉狩りの尖兵であり、同時にその被害者でもある。 
でもそれはマスコミをはじめ、国民の言葉への意識が痩せているからだとも推して知るべし。 
僕は(大嫌いな)石原都知事が昨年3月の震災時に放った「天罰」の発言ですら 
その全体の文脈からみれば批判に当る部分は感じていない。 
人の驕りを意識せよというメッセージの意図が示したものは 
その後そのまま、国や自治体や原発や、人の意識に露わにされていたと思っている。 
この講演者であり表題をつけたアーサー=ビナードという人も 
外国人ギライな人には大喜びの撒き餌の一つだったみたいで、 
「だから外国人には」なんて揶揄になっていたけれど、 
日本語で書かれた詩作が何冊も出ている作家であり、 
よほどその辺の日本人よりは日本語について意識も考えもある人だ。 
(外国語で詩を書くということがどれだけ大変で、それが本になるって力量を想像してみて欲しい) 
それに何年も前から原子力発電について批判的で意見発信を続けている。 
つまり原発や放射能を忌み嫌い、発言を繰り返し、ガイガーカウンタ片手に生きている人たちは 
自分の味方の背中を撃ったんだ。 
自分達の言葉への短慮と無知で、有能で心優しく、長く地道に努力してきた味方を殺したんだ。 
もう最低最悪じゃないか。悲劇なんかじゃない、愚かで醜悪な事態だ。 
そして主催者の埼玉教組も講演者を守れず 
さっさと中止を打ち出したのも、組織として哲学がなさすぎ。 
右翼団体に攻撃の隙を与えてしまったからという判断もあろうけれど、 
教組はそんなの元からじゃないか。 
本当に演者とその趣旨が世の中のためと思うなら、貫き通すべきだった。 
日本の組織はどうしてこう、志をなくしているんだろう。 

記事では 
[本来なら花が咲き喜ばしい春の訪れを台無しにした原発事故の大変な状況を伝えたい」と提案した] 
とだけ演者の言葉を記しているが、 
実際の思いはビナード氏のblogに触れられている 
http://www.web-nihongo.com/column/haragonashi/index.html 
僕のこれまでの認識では、
埼玉県では「さいた」「サイタ」は音として県名と重ねて印象を作る際によく用いられる。 
そこに重ねるかのように氏は
サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」のあと、かつての国定教科書に続く 
「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」「ヒノマル ノ ハタ バンザイ バンザイ」 
の存在を意識させて 
国策としての原子力発電へと目を向かせようとしてる。 
これのどこが外国人ゆえの言葉の稚拙さなの?空気読めない奴なの? 
しっかりしてよ日本人。 

ほんのもう少しだけ言葉に触れる時間をもち、身に浸して思いめぐらせてみて欲しい。 
東京にも桜が咲いたことだし。

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