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2012年9月 5日 (水)

火の日

脱稿もしてひと心地ついたので、ちょっと8月を振り返って。

以前の仕事柄、広島、長崎の原爆慰霊の日には何度か訪れたことがある。
資料館を眺めるということだけでなく、その現地の空気に触れるのは
独特の印象が養われていって、とても良い機会だったなと思い出す。

広島と長崎の原子爆弾のタイプが違ったということより
地形的なもの、地史的なもので
それぞれに迎える原爆の日の風景は異なっているように自分は感じている。

広島は平野なので、ものの見事に街が灰燼に帰してしまって、
被害が大きかったが、
長崎は山が食い込んだ地形もあって
山影で被災が軽微で済んだ場所も命も多い。
長崎はそのせいもあってか、
平和公園での慰霊というだけでなく、
自分達の地域で冥福を祈る人も多い。
あるときは僕は長崎三菱の工場にある慰霊碑での追悼に参加した。
少人数で、蝉のなく中、工場の隅で黙祷をささげる。
静かでそして身近で、静謐な時間だった。
長崎は広島の原爆ドームのような被爆を象徴する建築物がない。
本当はないのではなく、
爆心直下にあったレンガ造りの天主堂(教会)がその躯をさらしていたのに、
あるときに撤去されたのだ。
だから、その時の無念を一点に刻むような象徴が失われてしまっている。

そうしたこともあってなのか、
広島に比較して、長崎の雰囲気は
自分には「祈り」の部分が強いように感じる。
理不尽に命を絶たれた、肉親を奪われた、人生を歪められたという
憤りや恨み、悲しみ、絶望と批判の念よりも
平和と核兵器のない世への希求、失われた命や想いへの祈りのほうが
幾分か大きいように見える。
式典などを見ているとその構成にも感じる。
広島の式典と対になっていて、広島の地で起こった怒りや疑問の気を、
長崎で祈りへと昇華させる流れが自然と出来上がってきたのかもしれない。
そしてそれはもちろん、長崎という街の宗教性もあってなのだろう。
広島のドームの黒い躯と違い
平和記念像は慈愛にみちた表情で天と地を指し示す。
それにとても現れているように思える。
中継で聞いた国連事務総長のコメントは、理性的で前向きでとても良いものだったな。

8月はちょうど連載で波動砲のシーンを描いた。
殲滅兵器であるその存在を
2199は便利な切り札でなく、ちゃんと正面からとらえていこうとしているし、
自分も丁寧にそこは見つめていきたい。
それがやはり否応なく戦争の影を背負ったヤマトで語るべきことの一つだと思うし。
人は心を試されるのだ。

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