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2013年11月

2013年11月20日 (水)

お詫びと訂正

11月10日の日記に
ヤマトの設定資料集ガミラス編について苦言を述べました。
元編集者ゆえ、どうかなと思う心境を記しましたが、
KADOKAWAの事情を汲んでの見解と
マッグの事情を「知らない」ということで汲んでないのはアンフェアでしょうという
親しい人たちのご指導を受けました。
まさしくその通りです。
まずここで
「恥をしるべし」と書きました非礼に、マッグガーデン社へお詫びを申し上げます。

基本としては同じ日記に述べているように
ヤマトの本が出ることに感謝と喜びを感じておりますが、
そこに嫌な言い回しで不快感を与えることは誰にもプラスになりません。
自分は描き手にいる立場、
スタッフにある立場ですので、
良いものを送り出せるよう助力と提言に努めるべきでありました。
恐らく来年の劇場公開を視野に入れて、
出版も色々な動きがあると思います。
多くのところがヤマトの書籍を出せるよう願っておりますし、
お声がかかれば誠心誠意、原稿という形でお応えしていくことで、
反省の意を汲んでいただければと願います。

なお当該日記の文言につきましては削除の形ではなく、
このお詫びへのリンクと注釈を添えた形で残して、
反省すべき間違いの形を示しておきたいと思います。

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2013年11月19日 (火)

食と老い

昨夜、単行本の加筆修正をほぼ終えた。
既発表分の90%位の頁には手が入っている。
もっぱらトーンのフィニッシュとデッサンの修正などだけれど、
新規に描き直した部分もあるのでお楽しみに。
(旧)

Y16_18
(新)

Yc04_020
ついさっき、食事にと老いた女性二人が切り盛りする近所の定食屋へ。
老いたと書いたけど、二人ともきびきびと仕事をされていて、店の雰囲気が良い。
量も値段も満足な品が多く、最近は週1回は顔を出している。
[参考] http://syounanlife.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-70c8.html

今日はめずらしく、お客さんが老人ばかり。
いつもは労務者風の人とかが多いのだけど。
で、その老人たち(男性も女性もいた)の食事の仕方が、個性的というか汚い。
箸の持ち方も正しくないし、
皿に顔を突っ込むようにする、所謂「犬食い」、
咀嚼しながら口をあける、
サラダの上にお新香とマヨネーズと醤油とふりかけをかけて食べる、
皆んなメチャメチャ。
まぁ、魚の食べ方が下手なくらいは許せるし、
サラダの件も譲れはする。
だけど美しくない。癖や嗜好が駄々崩れしただらしなさが滲み出てる。
なんだか傍にいて、人生の終わりってこんなんでいいのかなって気にさせる。

もし仮に若い人が同じことをしていたら、
多分、やんちゃで微笑ましいとか、
しょうがないなぁって笑って許せる部分もあろうし、
時に楽しささえある。
これが中年になると、とたんにいやらしい感じな残念賞になるのだが、
老人になると哀れに映る。
身体に覇気がないから、みすぼらしい。

食べる姿は猿に見えるから、人前で食事をしない~というような台詞のある映画があったけど、
摂食行動は確かに生々しい行為だ。
だからこそ社会や風土の中で人は食事作法を確立させてきて、
動物とは異なる線引きを意識してきた。
作法自体は多様であっていいとは思う反面、
個性としての嫌悪や忌避感という感受性の直結する部分でもあるので、
周囲には公約数としてのボトムを願うのもまたしょうがない現実。

いじわるばあさん
がんこじじい
ってのは昔からあるけど、
現代に照らすと核家族化や独居老人、個の切り離しの進む社会の中で、
生活面でも他者(非自己)とかかわりが減ってきている。
そうすると生活も個の「癖」や習慣が肥大してくる。
頑固とか意地悪とかもそうだし、
思想や発言なんかもそうだ。
家に篭ってとんがった言葉を無責任に垂れ流してるネトウヨみたいな連中も
そんな個室からの肥大した甘えの姿だ。
それは当然、生活習慣にも出てくる。
食事作法なども、個食が続けば、次第に他者を意識しない自分流が横行する。
今日の定食屋の老人諸氏もまさしくそんな感じ。

人は人の中で人になる。
では切り離された人、特にネットもない孤独な老人たちは
人ではなくなる危険にさらされている。
歳を重ねるほど、人のかかわりをもって、自分に厳しく、襟を正して生きないと、
本当に惨めな姿になってしまうんだなとか、
失礼ながら定食屋で感じつつ、ごはんをもぐもぐするオイラ。
その客の老人たちとさして変わらない年齢のご婦人が目の前できびきびと働き、
接客のモラルを高く持ち、笑顔で人と接している姿と妙に対照的で、
色々考え込んでしまったよ。

さ、それよりネームネーム。
次回分で単行本4巻の原稿はまとまるのだけど、なかなかに時間がないw

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2013年11月10日 (日)

ほんとほむほむ

連載を脱稿した。
今回は扉絵(カラー)+32pだったのと、
取り組みがいささか遅れたので焦っていたけれど、
進行は思いの外、順調で、ただトーンワークのフィニッシュをしっかりやっていたら、
〆切を半日オーバーしてしまった。
物語は太陽祭を終えて、いよいよグリーゼ581に突入。
どこかで使うおうかなと思っていた、
NHK-FMのあべ静江版のラジオドラマ(1977)のネタを利用してみた。
 第1話 http://www.nicozon.net/watch/sm5893379
 第2話 http://www.nicozon.net/watch/sm5893482
 第3話 http://www.nicozon.net/watch/sm5901504
 第4話 http://www.nicozon.net/watch/sm5901674
 第5話 http://www.nicozon.net/watch/sm5910141
 第6話 http://www.nicozon.net/watch/sm5910350
 第7話 http://www.nicozon.net/watch/sm5919903
 第8話 http://www.nicozon.net/watch/sm5938911
 (ニコニコ動画のアカウントないのでnicozonのURL)
何のネタをどう利用したかはお楽しみ。
こういうものは早めに使ってしまって、新しい発想をひねるよう自分を追い込むことが肝要。
甘えはいけない。
今回の原稿と次回分の約50頁でグリーゼ編を収めるつもり。
それで来年1月には単行本にまとまる予定。

Y20_01Y20_23_2

ヤマト関連の書籍がいくつか発売になっている。
KADOKAWA系列では、
電撃Hobbyからの「モデリングガイド[発進編]」 http://www.amazon.co.jp/dp/404866073X
ニュータイプからの「ヤマト計画記録集」 http://www.amazon.co.jp/dp/4041105978
マッグガーデンからは
小説版(上) http://www.amazon.co.jp/dp/480000215X
公式設定資料集[ガミラス編] http://www.amazon.co.jp/dp/4800001935

マッグでもどこでも寄稿する気持ちではあるのだけれど、
依頼があったのでKADOKAWAさんの本には原稿を寄せている。
「モデリングガイド」は、
手先が不器用でプラモデルをろくに作ったことがない僕にとって
門外漢であるがゆえに、羨望の作例が掲載されていて良い。
だからモデラーさんにとってこの本がどう参考になるとか全然分らないけれど、
玉盛さん提案の改修例の絵とかあって楽しい。
物事を解釈してイメージするという創意に触れることが出来る。
ファルコンの作例を寄せている清水さんは
偶然にも同じマンションに住んでいるお友達。
縁とは不思議なもの。

「ヤマト計画記録集」は複雑な気持ち。
事情を知る自分としては、異様なほど制約の多い中でよく作ったなという
努力をまず評価してる。
理由はよく知らないけれど、基本的に新規の記事を作ることは制限され、
ニュータイプエース誌などで掲載された記事を流用・展開することしか許されず、
編集途中で企画を何度も変更させられ、台割りの急な見直しなど、
物凄い苦労をして発刊にこぎつけた一冊なのだ。
収録されている僕のイラストやインタビューでさえ、
急場しのぎの穴埋め記事だったのだから。
Amazonの書評欄にあるような苦言はもっともだと思う反面、
本を世に送り出した努力と価値を僕は認めたい。
実際、今時点で、2199の各話ストーリーをダイジェストに網羅した書籍はないし、
イベント周りの記録やヤマトの戦歴の模式も一覧できるのはありがたい。
そういう価値のある存在にはなっていると思う。
ただ、紙質が無駄に厚くて扱いづらいし、
エディトリアルデザインが冗長で散漫な印象がある。
各話の絵解きは見開きで作って欲しかったし、
ゲストイラストを本の喉で裂いてしまったのは残念。
模型関係の記事は蛇足というか、電撃Ho誌のそれとの棲み分けが出来てない。
そして何より僕が描いた表紙のイラストのレイアウトが良くない。
中にも流用するかもなので、キャラをバラバラに描いて、
それを表紙ではコラージュするからとのことで、寄稿をしたのだけれど、
やはり1枚絵できちんと練ったものを逆提案しておくべきだった。
メカや人物をパーツとして分けて描いて後で合成する
所謂パズルのような方法は、絵としての主張を弱め、
練りが甘く、覚悟の足りない曖昧なものになりやすい。
連載執筆の合間に急にふられた仕事とはいえ、後悔が残る。
色々な意味で厳しい艦橋での制作になったのは、
「ムックや設定資料集は売れないからやりたくない」って言っていた、
KADOKAWAの判断が後手になった結果だと思う。

Mook_yuki2

「小説版」はまだ未購入。
どんな解釈がされてノベライズされているか興味津々なのだけれど、
自分も同じ2199のお話を展開しているゆえ、
読んじゃうのが怖いようなもったいないような気持ちw
加藤さんの描かれたカバー画はひたすらにカッコイイのだけど、
玲ちゃんの肩のエンブレムのデザインが間違っているのはご愛嬌。
先日描きあげられたという下巻の絵も早く見たいな。

「設定資料集[ガミラス編]」は相変わらず。
ここの編集サイドは本当にヤマトに興味ないのかなと思うし、ツメが甘すぎる。
例えば119pの揚陸艦のラフ画をこんなに大きく掲載するなら、
他に大きく見せるべき絵があるだろう。
194-195pのスターシャの設定は、194に画面の余白があるのだから、
195の彩色見本の絵をそちらに収め、顔の設定画を大きく扱えたはず。
そうした細やかな配慮や工夫に根本的に欠けている。
また[地球編]でやらかした背表紙の大ミスを、3版からは、
なんとロゴでなく写植で誤魔化し訂正する安易で心無い態度。どんなやっつけ仕事だ。
よって結局この[ガミラス編]も写植になってしまっている。
そして考えてみよう。
まずこの設定資料集は当初、1冊で出す予定で発表され、それが突然覆され分冊に。
そしてガミラス編の発売をTVCMで告知していたのに、それも変更して遅らせている。
これは編集の全体像と工程見積もりの甘さだ。
そしてTVCMまでうった発売日告知を覆すというのは、出版社、編集者として最大の醜態である。
マッグのおかれた事情は知らないのでKADOKAWA同様に相応の理由はあるやもだが、
自分は元編集者だから言わせて貰うけれど、「恥を知るべし」。

*注記 前行にて「恥を~」と記しましたことにつき、
公正な立場での意見として注意と配慮に欠けていると、指摘を受けました。
その非を認めお詫びします。
反省の考えと謝罪につきましては、別途11/20の日記にて記しましたので、お読みください。

と苦言ばかりのようだけれど、
やっぱりこうしてヤマトの本が世に出るのは嬉しい。
1998年頃にヤマト発進200年前としてヤマトの本を出したいと
僕があちこちの編集や出版社に企画を持ちかけていた頃から思うと、
本当に恵まれた幸せな時だと実感する。
願わくばヤマトの書籍の企画を奪い合ったり制約を設けるのではなく、
もっと広く出版できる柔らかさで臨んで欲しい。
それがヤマトファンの求めている姿だと思う。

連載を脱稿して、そのまま映画を観てきた。
観たのは「劇場版ほむほむ [新編]叛逆の物語」。http://www.madoka-magica.com/movie/

大変素晴らしかった。楽しかった。
まさしく、ほむほむの叛逆。
劇場アニメの脚本のプロット構成にはある種の型が蔓延していて、
自分はうんざりさせられることが多かった。
物語が起こって、ドラマを展開し、大ヤマを越えたところで
意外を装ったラスボス登場ってパターン。
「さらば宇宙戦艦ヤマト」がその雛形を踏んでいる。
その後のアニメ映画はこの手の構成が本当に多くて嫌だった。
去年の「花咲くいろは」の劇場版や今回のほむほむ映画は、
そうした型とは無縁の大胆さと緻密さと、そして勢いを持ってドラマを見せきる力がある。
鋭敏な台詞と図案のレトリックを調和させている。
ほむほむのモチーフとして使われた曼珠沙華の花言葉は
「想うはあなた一人」
「あきらめ」
「哀しい思い出」
「また逢う日を楽しみに」
ほむほむは決して揺るがない。
物語は視点を変え続けながら観客を翻弄するけれど
ほむほむは揺るがないゆえに世界に叛逆する。
これはほむほむの希求する愛の獲得のお話。
人の想いを軸に物語を振り回すその手段の巧みさは
誰しも想像していなかったろう。
何度も観たくなる映画に出会った気がした。
ただひたすらに感謝と拍手を。

ちなみに週代わりプレゼントは僕の観た日にはもうなかった。
友達の針玉さんのマナー広告は楽しい。

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