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2016年1月 4日 (月)

新春の御挨拶と

新年明けましておめでとうございます。
本年も頑張って漫画を描いてまいります。
周囲がどうあれ、漫画家ができることの基本は
良い漫画を描くことだけ。
欲を出さず、見栄をはらず、
己の小ささ至らなさを受け止めて、少しでも伸びていけるよう
努力をしていきます。
「漫画、面白かったね」「また少し、絵が上手くなったね」
そう言っていただけるように。
それがとても嬉しいから。
また、コミケで僕のスペースにお越し下さった方々、
ありがとうございました。
差し入れやお手紙もいただき感謝で一杯です。

昨年は、原稿に追われて年賀状も出せず仕舞いであったけれど
(葉書は買ってあったのに…orz)
今年はなんとか書きました。
パンダは大好き。いつか商業誌でなくていいのでパンダの漫画を描きたい。

16s

山本貴嗣さんが「勤め人を辞めて漫画家をめざすな」ってTwitterで唱えていらしたらしく、
それがまとまっていた。
http://togetter.com/li/920975
勤め人で社長でもあった自分も確かに基本的には心情に同意できる。
でもこのまとめの意見が同意ばかりでは論は未熟なままだ。
貧困やストレス、業界の不景気だけで人の進退を語るべきなのか。
勤め人から漫画家になったときのメリットや、「なり方」っていうものがあろう。

勤め人を経験すると、いきなり漫画家よりも
社会人としての基礎知識を学ぶ機会に恵まれるし、
職業人として作法や常識も得やすい。
なにより漫画以外の専門性を得て、
より多様な視点や知識から漫画を描くことに向き合える。
人脈も広がる。人間観察をする機会も多い。
勤めることで得られるOJTはとても奥深く広い。
(まぁ勤め人にも漫画家にも、社会人や大人としての常識に欠けた人はいるけどね)
あとは技術や意識を含めた金銭感覚や経営感覚なども
個人事業主である漫画家には必要なので、
それを身に着ける機会に、勤め人は恵まれている。
この視野やモラルを欠くと、独立しても問題をおこしたり、資金が破綻したりする。
これらは、漫画家のどなたかが言っていた、
専門学校に行って漫画を学ばずに、大学へ行って漫画以外の学問や視野に触れたのち
漫画家になる方がいいって論の背景にあるものに近いはず。
僕自身は、法学部を出ているわけだけれど、
勤め人のときはもちろん、漫画家になってその意義や価値は十二分に感じている。
大学までで学んだ学問は活かせているし、
心重ねた友人達は今もかけがえのない存在だ。
でも同時に、絵をちゃんと学んだことがないので、
絵の基礎は欠けているし、技術も低いことに悩んでもいる。
(僕は高校の美術の成績は5段階で1か2ばかりだった)
自分の中には、こうして漫画家になるんだったら、
夜学でもいいから、絵を学ぶ機会があったらどんなに良かったろうと思う。
これは本音。
自分がクズで駄目人間で漫画が下手で絵も駄目っていう最底辺基準を自分に置くのは、
この勉強不足へのコンプレックスと能力の限界を現実に意識し続けているからでもある。
っとこれはメリットから外れたw

なので、上記のメリットを無視して、
勤め人が漫画家になるのを潔しとしないのはまず片手落ち。
そして実際に脱サラ漫画家で、長く続けている人も多くいるわけで、
それらの人の存在を無視していいはずはない。
ちなみに僕は脱サラ組ではにわかの新人ペーペーなので、
そういう漫画家さんの経験には到底及ばない。
「なり方」に触れる前に、
漫画家しか職業経験のない方は、
もしかしたらサラリーマンへの憧れがあるのではないだろうか?
 毎月給与が出る安心、
 朝9時から残業しても終電まででいいくらいの短時間の労働、
 責任の分担、
 華やかな人間関係、
 社会的組織的な扶助、
もちろん程度の差はあるけど、確かに勤め人にはそれはあるからね!
そういうのって、昔、農家や商店の子弟が
サラリーマンに憧れたのと同根であるわけだけど、
じゃあ起業家や個人事業主などになる人が現代にいないわけでもない。
脱サラ農家みたいなブームもある。
そこにはメリットや夢、充実感があるんだってことを、
自分の「憧れマスク」で視界から隠してはいけない。

山本先生たちが言うように(僕もよく愚痴ったりするが)
漫画家は孤独で厳しく、しんどい仕事ではあるし、収入の安定化も難しい。
では勤め人が漫画家へなる方法というか目安みたいなものはなんだろう。

収入とは生涯収入の面積と形を見ることが基本。
例えば普通のサラリーマンは20代から緩やかに右上がりで、平坦になりやや下がって退職。
グラフ化するとかまぼこ状で、生涯収入は2億円程度。
まぁまぁの野球選手は10代後半からいきなり数千万から億単位まで上がって、
30代の引退でガクンと下がり、そのあとは余生みたいな収入。
形は極端に尖った三角のあとは低空飛行。年収は一時高いけど半分は税金だから、
まぁ最初の収入で余生を賄うような感じで実収入で3億程度か。
漫画家の収入は、原稿料、印税、商品化などの権料があって、
収入内容の構成は変化する。
ヒット作のあるベテランの大先生などは、過去作品の印税だけでも
毎年収入を支えてくれたりする。
転職で漫画家を志すなら生涯収入の水準と面積のパターン、
その構成を鑑みて自分の一生をどう形作れるかも見るべき。
生保会社勤めだった わたせせいぞうは
漫画の収入が会社の収入を超えたら、
もしくは水準で年***万円を稼げるようなら専業になると決めていたと、
昔TVで言っていた記憶がある。
まとめでは、
ゆうきまさみ先生が1年は無職でも耐えられる貯金ができたらと経験を語っている。
漫画家になるまでに基本は「二束のわらじ」をすることが薦められそうだ。
脱サラ起業のランニング期間として見る発想とも言える。
今はコミケなどのイベントや同人ショップなどの場があるので、
専業漫画家へのステップとして、自分のブランドと市場を作っていくことで、
多くのリスクを和らげることはできるはず。
僕も似たような形ではからずも結果的に漫画家なのだけれど、実際的な方法だと思う。
友人のEXCEL君がこのまとめに触れて
『最近の漫画家になるための才能
「住める実家」「継げる家業」「炎上しない言動」って
創作能力以外の要件厳し杉内』
と、言っているけど、
それって目先のリスクを短い間下げる役にしかたたない。
実際、編集者を辞めて家業を継いだ僕の戦いは、まさしく狂気か地獄だった。
事業承継は一昔前のようなハッピーなものではなく、現代では事業存続の危機である。
親がかりの漫画家もいつまでも親がいるわけではなく、
一人で立って歩けない自分になっていることに気づけない。
相続に現金がなければ、納税で住む家を売って失う。
大切なのは仕事としての芯をどう作るかのビジョンだと思う。
そして漫画家になるのではなく、続けることが一番重要で苦労の多いことだ。

ただそうして脱サラ漫画家になって思うと、
直接に漫画業界に入った人のメリットもたくさん感じている。
そこは論点から外れるの割愛して、
ある専門学校の漫画学科の人と話した時に聞いたのは、
中高年で漫画を学びたいという人が増えている実態。
もちろん余暇的な楽しみ、ちょっとした絵で自治会活動や友人と和みたいという人もいる。
けれど、定年退職後に漫画家になりたいという人もいるのだ。
(リストラで50代で退職金上乗せで貰って退職してからでもいい)
退職金と年金という安定を得て、さらに職業専門性や人生経験を持って、
最新の絵の流行を学んだ人が
定年後に10年20年漫画家をする可能性が拓かれている。
10年って若手漫画家が断念リタイヤする期間と大差ない。
つまり十二分な期間である。立派なライバルの誕生だ。
そういう道がいくつも開けてきている中で、
勤め人から漫画家になるなって単純には言えないはずだ。
でもこうした筋道を僕がblogで記しても、
漫画家や世間の人は誰も見ないのだろうなぁ。
Twitterをやっていない隔絶された過疎感、僻地感は
交友関係や情報の伝播、宣伝の実態実績として尋常ではない。
漫画家と言っても、僕のような僻地の最底辺にはそういう資格も権威もないのだ。
個人事業主の世界は厳しいw

NHK-BSの自転車番組に出てきた言葉
「人間到る処青山あり」。
僕は朝の連ドラとかで、
結局、地元万歳、学力も収入も夢も違う幼馴染と結婚して幸せってのが大嫌い。
そういう動けない場所や人への配慮や優しさなんてのは、
曲解されて都合のいい地元主義になっていくのがオチだ。
地方はそうした甘えに腰をかけた人と組織の老化と閉塞が巣食っている。
前へ外へと道を拓いていく心がないのは、世界も人も小さくする。
動くため進むために考えることを止めては駄目だ。
止めたほうがいいなんて言葉は軽々にさらしてはいけない。
そういう姿勢はクリエティブではない。
自分を他人のビジョンの修正者にしかしない。

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