« ものをかたる。 | トップページ | 8巻がでます。 »

2016年3月17日 (木)

さようなら あかりや

8巻はなんとか脱稿した。 
とても厳しくつらい環境だった。 
書店特典のイラストも描き終えた。 
諸々については近々に機会を改めて記すつもり。 

昨夜は、お別れをしに出かけてきた。 
そのことについて。 

家を出て一人で暮らすようになった東京・荒川区。 
数年の間、自分に課していた戒めがあった。 
それは、最寄り駅である地下鉄千代田線・町屋駅を降りたなら、 
食事は自炊を前提に家でとること。 
スーパーへ寄って食材を買い、 
小学校の家庭科で習った程度のところから独学で料理をした。 
接待や取材先との付き合いなど、 
週のうち3日ほどと、お酒を呑む機会が多かったこともあり、 
栄養バランスを含めた体調を整える意味もあったけれど、 
自堕落になりやすい自分に、枷を与えておくべきと思ったからだった。 
そうした日常が一変する。 
亡父の会社を継ぐはめになり、 
家庭も生活も、仕事の夢も破壊されつくして、 
そして雇用を守るためにと継いだ会社でも、社員と馴染めず、 
大嫌いな埼玉の寒村に引き戻され、会う人も減り、居場所のない日々が続き、 
自分の人生が絞め殺されていく絶望感に苛まれていた時、 
社長の勉強会仲間に連れられて訪れたのが、 
開店まもない「あかりや」だった。 

地元で初めて入ったお酒のお店。 
僕はその時に自分の戒めを解くことに決めた。 
自暴自棄になり色々な過ちを犯した。 
平生を装っていても一番自分らしくない頃だったと思う。 
通勤で立つ駅のホームから飛び込めば、きっと新しい段階へ移れるんだ。 
その誘惑を堪え抗うように、無茶の幅は大きかった。 
地元でも酒を呑むようになった。 
そんな荒れた心をもって失敗を重ねたけれど、 
「あかりや」に通うことだけは間違っていなかったと振り返る。 

滋味深い料理やお酒の揃いが魅力というだけでなく、 
銀座の一流店に長く勤めていた女将さんは 
やさぐれていた僕の言葉に耳を傾け、何度も励ましてくれる 
懐の深い人だった。 
他人に甘えることを知らなかった僕に、 
心を休める居場所と救いをくれたように思っている。 

お酒の呑み方も教わった。 
仕事の接待で、年に何十回と宴席を設営し、 
お酒を呑む席に出ることがあったのに、 
逆に接待という立場や上下間のある関係性の中でしか酒席を経験せず、 
職場であるとか漫画家であるとかの肩書きではなく、 
一個人としてお酒を呑み、人と会話を楽しむことを知らなかったのだ。 
以来、僕はお酒の場では人の言葉に耳を傾けることを大切にし、 
楽しめるようになった。 
常連のお友達も少しずつ増えた。 
中には銀座時代からの常連というフデタニンのお父さんもいらした。 
(なのでフデタニンより先に知り合っているw) 
楽しげにウクレレを奏でる姿を今も思い出す。 
「心得た」大人のみなさんのお酒に多くを学んだ。 

僕の初めての原画展もこの店だった。 
内装を改めた機会に展示スペースを壁にこしらえたのでと誘われた。 
学生時代に漫画家の原画展を見かけて、生原稿の美しさに憧れを持っていた僕は、 
そのように丁寧で美しい原稿であるよう自分でも描くよう心がけてきた。 
そのきっかけを作ったような機会が僕にもできるのだと、喜んでお受けしたのだった。 
親しい人に声をかけて、絵を眺めながらの酒宴なども催したっけ。 

経営不振の責任をとって、自分の給与を生活保護以下にまで切り詰めたり、 
漫画家になって、〆切過ぎるまではお酒を呑めないという事情などから、 
なかなか通うこともできない状況になってしまったけれど、 
それでも、女将さんや常連さんたちは、いつも暖かく迎え入れてくれた。 

そのうちに、女将さんが引退し、娘のまゆちゃんが二代目女将になり、 
お客層も若返って、新しいお客さんたちと花見やBBQをしたりと 
最近不義理をしている駄目常連な僕でも、 
この居場所はまだまだ安泰と思っていたら先月、 
今日3月17日で町屋の店を閉めて、福岡の天神へ移す事を知らされた。 
しかしコミックス8巻の原稿の進行は苛烈を極めていたので 
どうにも身動きできず、 
脱稿したら、すでにお店は閉店を惜しむお客さんで満員の賑わい。 
閉まる前日の昨夜、ようやっと潜り込むことができた。 
引退した先代女将さんもカウンターに立っていた。 
懐かしい常連さんの顔も見える。 
その和気あいあいの輪の中に入れないで、 
黙って飲むだけの自分はやっぱり自分らしい。 
仲のよい輪のいつも外が僕の定位置。 
一歩も二歩も引いた所で、楽しそうな人たちに憧れる。 
自分からは語り掛けない。 
たまに叶って輪に入れることが、凄く嬉しいんだ。 
天神への移転は、まゆちゃんのお兄さんが経営する 
イタリアンレストランの近所になる予定だと教えてもらう。 
都内で有名店を渡った人なので、天神でも人気店らしい。 
http://tabelog.com/fukuoka/A4001/A400103/40036337/ 
常連さん達が口々に言う。 
「もう町屋ではどこで呑んでいいのか分からない」 
そう。そういう希有なお店。 
一人またひとりと家路につく常連さんたち。彼らとももうお会いするのは最後かもしれない。 
いままでありがとうございました。お元気で。 
そう言って握手を交わす。 
0時を過ぎて僕も店を出る。 
まゆちゃんが見送りに出てくれた。 
ちゃんとお礼が言いたいのに、やっぱり僕は声がつまる。 
先に退席された先代の女将さんにもちゃんと挨拶ができなかったな。 
皆に慕われて「よし子さん」と呼ばれていた女将さん。 
僕は気恥ずかしくて、この15年間とうとう一度もそう呼べなかった。 
だからここで。 
よし子さん、まゆちゃん、本当にありがとうございました。 
「あかりや」は僕にとって、心を救ってもらえた 
まぎれも無い僕の居場所、僕のお店でした。 
さようなら。 
どうぞお元気で。 
http://tabelog.com/tokyo/A1324/A132401/13018365/

|

« ものをかたる。 | トップページ | 8巻がでます。 »