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2016年4月24日 (日)

立ち方

月曜25日には今月分の連載の更新がされる予定。
コミックス9巻の巻頭口絵になるカラー4頁分のみになった。
前の日記でも触れたけれど、体調のせいではなく、
コミックスの進行の関係で、
先に9巻全部の脚本やネームをあげてしまおうという工程を組んでいるから。
今度の更新分は8巻末でカットした部分ではなく、
巻頭としての着想で描いたものなので、
お話を8巻で収めていたら表現できなかったろう。
これは本当に編集者との厳しい判断の中で得られた光明だと思う。
少ない頁数だけど、物語への大事な要素も入れたので、
そこから先を楽しみにしていただけたらと思う。

長野県上田市で開催された、『宇宙戦艦ヤマト2199にみる宇宙のすがた展』の
半田先生の講演を聴講してきた。
JRの駅に隣接した駐輪場に無料レンタサイクルがあるのを知ったので、
それを借りて会場まで30分ほど上田の町を移動した。
東京と違い空気がおいしい。花の香り、土の匂い、清々しい風。
農村で育ったので、こういう感じは大好き。
ただ、駅からの標高差が結構在ったので、上り坂には参ったけど、
山道を自転車で往復一時間は結構な運動になった。
半田先生御夫妻と御挨拶をしてから聴講。
何回か講義を受けているけれど、今回もまた違った内容で、
そしていつものように時間切れという濃さ。
いつかたっぷりの時間で完全版を聴きたいなと思う。
そして夕方の予定もあり、早々に僕は退散。日帰りで東京へ戻った。
歴史ものも大河ドラマもあまり興味ないので、
真田城とか翌日の真田祭りはまったくのスルーをしてしまった。
でももう少し街中を巡りたかったな。
どうしてこんな強行軍で上田へ行ったかと言えば、
「2199」の公式イベントはもうこれが最後なのかも知れないなと思ったから。
(新作が控えているしね)
ただ思いついた。
僕が公式に漫画原画展をやればいいのかもしれない。
僕の描いている漫画は2199マルシーなので。
確か、港区麻布十番で漫画家協会会員なら無料で借りられるギャラリーがあったはず。
昔の職場や茶道の教場にも物凄く近いし、そこでどうかな。
無料なら、あれこれグッズを売ったりする様なせわしいことも控えられるし。
新潟で展示をした際に、「他の場所でも」という声もあって、
北海道COMITIAでも生原稿の展示をしたけれど、
東京での実現を考えてもいいのかもしれない。

熊本の地震から1週間が過ぎた。
地震のことと言えばそうなのだが、
政治家も芸能人もTV局も色々と失敗をしているようだけれど、
何だかその失敗を許さないヒステリックな感じの方がおぞましい。
「失言したぞ、それ叩け」ってのは、
やっぱり浅ましいイジメの心理と同じだよ。
人間、失敗をいくつもして生きていくものなのに。
他人の隙に乗じて鬱憤晴らしするのではなく、
もしかしたら明日の自分の姿かもしれないと想像して、
そこから失言の奥の本意を汲み、失態をした人の後悔を思いやり、
失態から何を学び何を課題として救い上げるかではないのかな。
個人攻撃って企業内でもどこでも、個人の問題にして、
失敗の本質や対策への備えを疎かにしやすい典型的なものでしょう。
そもそも本当に被災地を思いやっているのかな。
失態をした人だけではなく、それを責め立てる自分もだ。
他人の不幸を快楽にするスイッチは誰でも心に潜んでいる。
そしていつの間にかONになっている。怖いこと。
ものごとは慌てず急いで正確に。
自分はどこに立って、何を見るのか。そこを忘れてはいけない。

個人の失態に関しては学んでいける、
反省できるものだと思うので、
余程の事でなければとやかく個人を責めようと思わないけど、
TV局のような組織は問題が大きいと思う。
学びや反省は組織の中でうやむやにされ、活かされることが少ないから。
地震報道を通じて思うのは、
ジャーナリズムの視点と、放送中継を撮影するクルーは
その規範がまったく重なっていないってこと。
民放は特にそうだけれど、ワイドショー化した報道では、
結局はスクープやゴシップ、衝撃映像なんていう見世物の視座が圧倒的で、
しかもその場限りで使い捨てのネタのように人も事件も扱い、すぐ次!だ。
現場に入ってそこの人の気持ちに心重ね、
事象の問題をじっくりと見据え、探り、語っていくジャーナリズムの基本は
TVでは特に軽視されてる。
TV局の報道部にはそれがあっても、
撮影クルーは業務的に分離されているから、
報道カメラマンとしての視座を養われていないのではなかろうか。
ただの撮影班なのだ。アナウンサーもしかり。
そして相変わらず、泣いている遺族にコメントを求め、
ウンカのようにヘリで高みの見物。
ストーカーかパパラッチのように他人の生活を覗き見する。
あげくは、自分達の仕事優先で被災者を押しのける。
その傲慢と驕りに気づきもしない。

昔からなんだろうけれど、
TV局の「撮ってやっている」「放送で採り上げてやった」という態度は、
報道だけではなく、旅番組などの収録でもすこぶる評判が悪い。
以前、仕事で懇意にしていた熱海の温泉ホテルの支配人から、
その横柄を随分聞かされた。
取材してやったんだからと宿泊費も飲食も無料が基本。
酔って深夜まで騒ぎ、暴れて施設を壊すのも平気。
迷惑だからTVになんて来て貰いたくないっていう観光施設は実は結構あるのだ。
「マスコミお断り」という飲食店は、店主が偏屈なわけではないのだ。

民放TV局は、ものの作り方、お金の流れ方、職業人としての心の持ち方、
全てを改めるときに来ていると思う。
元経営者として評すなら、組織もビジネススタイルもが老化し、
癒着と怠惰とルーチンにまみれ、
己の愚劣さを顧みず、老害と化した事実も認めない。
時代の流れとの齟齬を埋めるために動きもせず、最悪に腐っている状態だ。
今や広告収入をネットに脅かされ、存在が落ち込んできている中で、
このまま無駄な時間を垂れ流す骸に成り果てる気か。
僕は友達も少なく、子供の頃からTVっ子だったけれど、
今の民放テレビの番組の多くに見る価値を感じない。
人の心に寄り添い、大切な道や問題を広め、学び、考えていく場にしていこうという
気概と創意はどこにいってしまったんだろう。
これからTVはどこに立ちたいんだ?
政権政府の飼い犬か?
広告代理店とスポンサー企業の奴隷か?
イジメや醜聞を喜ぶ下種な人間の太鼓持ちか?
マスコミュニケーションってものの使命はそれだけで良かったんだっけ?


[追記]
う~ん。
http://news.livedoor.com/article/detail/11451719/

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