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2016年12月

2016年12月30日 (金)

年末の御挨拶

昼食を食べに寄ったインド料理店で流れてる民放TV。
今年の重大ニュース50を「放送時間数で算出」したランキング!
ってさもまっとうそうな数字を言うけど、
やっぱりゴシップが上位になることで、
自分の番組はどれだけ社会的に重要かよりも、
離婚や不倫や醜聞と犯罪ばかり扱ってきたかという
お里ががばれる見事なお馬鹿コーナーになってる。
報道とかジャーナリズムとかの名を使って公共の電波を用いた発信をする存在は、
どんなに小さな話題でも、自らの見識と哲学にしたがって、
社会の中の意味を問うスタンスを見失ったら、
単なる客ウケ狙いのゴシップちんどん屋だろ。
スポンサーが喜ぶように馬鹿話と珍妙な音でビラが配れればそれでよくなる。
事実と関係なしに自分で筋書きをこしらえる
最高の手抜きと無礼である
「感動レイプ」も横行するわけだ。
その中でSMAP解散にやはり触れて、
今日のクラウドファンドによる全面新聞広告を
ファンの心が彼らに伝わって喜んでいるだろうとか勝手にコメントしてる。
志しを受け取っても、何も出来なくなってしまった自分達を
悔やみ苦悩するとはまったく考えないんだな。
表現者がその大切な術を破壊された姿なのに。
そしていつか再結成をとか美談でまとめようとする。
それってメンバー達の心を無視したエゴだとは思わないのか。
呆れた。
スマスマは料理番組好きだから、バラエティが大嫌いな僕も結構観てた。
最終回はビデオ振り返りで新規収録の出演はなかった様子。
本人達の納得のいく形であれと願うけど、
マスコミは放送前でも有終の美を評価として吹聴するのは、誰の思惑なんだろうね。
どう観たって、バックのタレント事務所の
金と欲と保身に翻弄され引き裂かれた惨めで哀れな姿じゃないか。
事務所は猛省を示さなければならないはずなのに、
親心を口にして、責任を曖昧に誤魔化す汚らしさ。
あるいはそれも分からない老害なのか。
四半世紀も国民に愛された存在を、「大人の事情」で私物化し汚して傷つけ、
日本で最もみすぼらしい顛末を迎えた象徴としてさらした自覚をもって、
経営は全員退陣するのが道理ではないのか。
そこへ踏み込めないで、報道とか自称するのか。

昼食後に年始の食材を買出しにスーパーへ。
季節行事に用いる物以外の普通の食材も便乗か高騰してて買う気が起きない。
昨日一昨日まで100円以下だった青菜が今日は150円以上してる。
キャベツや白菜は数日前の安いときに買ってあるし、
正月らしい料理を食べたいわけでもないので、まぁいい。
仕事納めも済み、もう年末の休みのはずだが、
客層は高齢者ばかり。
よたよたと歩き、手にしたカゴへの配慮も忘れるから通路が塞がれ大渋滞。
レジでは小銭を出すのもおぼつかず、計算もろくにできない。
高齢化社会ってこれが普通になることなんだな。
僕は効率主義じゃないし、利益主義でもない。
でも普通にできることができなくなっていくことが常態化した社会は、
存在そのものが物凄く無価値で無意味なロスと無駄を抱えて動くことになる。
それは恐ろしいことなんだ。
レジの支払いで財布の小銭を数えてはやり直す老いた男と
それに連なる長蛇を見て寒気がするのは、
今が年の瀬だからばかりではない。

今年は、色々あって、原稿を描いても掲載できない事情になり、
長く交渉を続けるばかりの日々だったように思う。
角川はその中で、時折、頓珍漢なことはあっても
とても心強く支えてくれた。
深く感謝している。
まだまだ霧は晴れず、来年に課題は持ち越しになってしまったけれど、
漫画をちゃんと描いていける環境にしたいと切に願っている。
別にケンカをしているわけではない。
それぞれの思惑の違いをどう乗り越えていけるのか。
それがコミカライズという仕事の基本の一つでもあるのだから。

映画はあまり数を観られなかったけれど、
なんだかほぼ全部がアタリだった。
ガルパン劇場版に始まり、ユーフォニアム、シン・ゴジラ、
君の名は。、聲の形、この世界の片隅に、レミニセンティア。
実写が少ないなw
カラー10周年記念展は上京していた玉盛さんと観た。
そのまま一日連れ回してしまって、まるでデートだった。
(オッサン二人なのに)
桑島法子さんの宮沢賢治朗読会も行けた。
仕事が中断の間に、でも少しは人間的なことができた1年だったかもしれない。
アニメの設定もやってるし。

そして明日はコミケット91だ。
さっき、親しい編集者から電話がきて話していたら、
僕が3日目に出ているのを知らなかった。
今回もそうだけど、サークルmsのコミケwebカタログでは
僕のサークルは必ず「お気に入り」から削除される。
毎回だ。
だから登録したつもりの人は普通に
「ああ、落選してコミケに出てないんだな」と思うだろう。
それが見事に裏付けられた感じになる。
一応コミケ3日目に出る予定。
12月は漫画の執筆の合間に依頼された同人誌の寄稿をするのが精一杯で、
とうとうまた自分の本は作れなかった。残念。
それでも寄稿した「KIYO CLUB」さんの本を委託でお受けして
お店に並べることになっている。
他に寄稿したあびゅうきょ先生のガルパン本は東 j-35bで
ガルパン三世もまた参加したけど、3日目はどこも扱ってないのかな?
よく知らない。
Galupin2cover_rgb
で、自分はというと
東7ホール d-02a 「むらかわみちお党」
で待っておりますので、
お暇なときにお越しいただければ、年末の御挨拶もできるし嬉しいです。
それ以外の方は、どうぞ良いお年をお迎え下さい。
来年もよろしくお付き合い下さいますようお願いいたします。

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2016年12月17日 (土)

5週目出ますよ。

2202の公式webで告知されている来年2月の劇場公開の応援企画
「たっぷり7週ヤマトーク2199 〜road to 2202〜」。
もう既にスタートしており、
僕も2週目は客席に座り、懐かしいYRAの公録的な雰囲気を楽しませていただいた。
で、来る1月17日の第5週ヤマトークの登壇者の欄にある「他」ってのは
多分僕のこと。

そもそもこの連続ヤマトークの企画段階で
僕の登壇の依頼を郡司Pから受けたときに、
複数回予定される舞台の内容の相談をされたので、
それではと僕から9つ企画案を提出させていただいた。
そのうちの一つがこれ。
自分で出した企画なのに、何で名前が削除されてるんだ!?
紹介するwebニュースによっては
テーマから「漫画」すら削られていた。
ヤマトが大好きで誠実に努力をしてきたつもりなのに
そんなに嫌われていたのかなと
かなり凹んで苦しんだ。
嫌われているかもしれないのに自分の扱いを尋ねるってことは
どれだけ惨めなことかを察してもらえるだろうか。
それでもそれだけ追いつめられて、
製作委員会やMCの小林治さんに状況を尋ねたところ、
むらかわの出演で話は通ってるとのこと。
で、どうやら角川がwebへの出稿時に僕の出演を
勝 手 に 保 留 に し た ら し い
ということが分かってきた。
描いても描いても原稿を掲載してもらえない状況の中で
僕が関係各位に悪感情を持って出演拒否をするかとでも思ったのだろうか。
角川は事前に何度も何度も登壇の意志の確認を僕に直接してきたのに、
それでも疑心暗鬼のリスク管理を優先させたってのは
僕を信用していないってことだよね。
これも悲しいことだった。

ともあれ、2週目のヤマトークの際に楽屋へお邪魔して、
小林さんと話題の腹案など簡単な打ち合わせをさせていただいた。
1時間少々の時間の中だけれど、
メディアミックス作品の創作法や苦労、醍醐味などを
豊田さんと一緒に濃密にお話できたらいいなと思っている。

角川から僕の登壇がwebに追記されるのは
12月26日だと報告がきたけれど、
この日はチケットの発売日。(あと連載のComicNewtypeでの更新日)
宣伝戦略としてはもうアウトの絶望的タイミング。
公式webの担当にはもっと前倒しにしてもらう交渉をしたのか尋ねたけど
その気配はなく、鵜呑みで報告してきたっぽい。
この日程で了解しろというので、状況は理解したが了解はしないと拒否した。
それじゃどこまでも蔑ろにしてるじゃないか。
僕の対面ではなく、ヤマトークの参観者に事前に正確な情報が提示できない。
「交渉なくして妥結なし」昔の上司に教わった僕のモットー。
代替条件を述べて交渉に臨むよう要望をしたが、
あまり期待はできないかも。
ということでフライングかもしれないけれど、
損をする人は誰もいないので、
自分の日記くらいだが、告知をした次第。

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